HOME > ZOIDS > 『荒野の獣たち』

writer:鉄嘴へーやさん
category : ZOIDS小説

 ・・・・そもそもの原因は誰にあったのか。
 流れの傭兵アーバインは
「バンの野郎が余計なことを言ったからだ」
と言うし、共和国軍のバン・フライハイト大尉――帝国の危機を救ったことから、そちらでは少佐の名で呼ばれるが――は
「トーマが変なことにムキになったからだろ」
と同僚に責任転嫁し、その帝国軍トーマ・リヒャルト・シュバルツ大尉は
「貴様が兄さんとセイバータイガーを侮辱したのが悪い!」
とアーバインに八つ当たりをする。
 ・・・・そう、はじまりは些細な――本当に些細なことだった――話だった。
 演習を兼ねた模擬戦の後、一番ポイントの高かったバンの言った
「やっぱり、ブレードライガーは最高の相棒、最高のゾイドだぜ!」
に対し、アーバインが
「寝言いってんじゃねーよ。俺とライトニングサイクスなら、シュバルツのセイバータイガーだって秒殺出来るぜ?」
と返してしまい、そこで何故かトーマがムキになって
「貴様、兄さんのセイバータイガーを見たこともない分際でよくそんなことが言えるな?!」
 それから口論がしばらく続き、あわや肉弾戦にまで持ち込まれるかという寸前でタイミング良く通りかかったのが、シミュレーション結果を持っていく途中だったフィーネ・エレシーヌリネ。
 ムキになって訴えるバン、むくれるアーバイン、慌ててその場を取り繕うトーマらの話を聞き、フィーネは
「じゃあ実際に戦ってみればいいじゃない」
と、実にあっさり判決を下したのだった。


 「大体」
 軍靴の音は毅然としていたが、その主もそうであるかといえば肯定は出来ない。
「何故そこでトーマがムキになるんだ。いや、そもそもアーバインが妙な例えをしなければだな・・・」
「諦めろシュバルツ。そういうのを『覆水盆に返らず』と言うんだ」
「しかしハーマン大佐、最初に言い争っていたのはバン達だろう? 何故私まで巻き込まれるのだ・・・状況は予想以上に大きくなっているし」
「・・・・まさかこんな大事になるとはなぁ・・・・」
 壁に5連で貼られたポスター――基地責任者である自分が、掲示許可を出した記憶はないのだが――を見て、ハーマンも思わずため息をもらす。
 何故かレッドリバーに駐屯したままだったムンベイがノって来たのが運の尽きだった。
 親善試合を兼ねた演習は気が付くと両国の一大イベントとなってしまい、しかもそれを元にした賭け事にまで発展してしまった。――全てムンベイのプロデュースであることは疑いようもない。
 その上、誰が何をどうやったのか、その話は両国の代表にまで伝わってしまい、この戦いの勝者には金一封ならぬ両国軍の開発した最新パーツが与えられることになった。
 「――ルイーズ大統領に本件を暴露したのは、あなたの他にないと踏んでいるのだが」
 「それに関してはノーコメントだな」
 もはやため息のカウントをする気力もない。
 隣を歩いていたハーマンが、床から何かの冊子をひょいと拾い上げる。
 「それは?」
 「両軍兵舎に配布された、今度の試合に関する詳細データだ。・・・・ほう、なかなか細かく調べてあるぞ、ほら」 
 「使用機種の製造番号に操縦者の戦歴、同型ゾイドの戦力ダイヤグラムまで・・・・」
 いったいどこまでの情報網を持っているのか。恐るべきはフリーの運び屋ムンベイ。
 「『ご褒美』が出る上に両軍の最新鋭機と試合が出来るんだ、羨ましいぞ」
 「そこまで言うならハーマン大佐、あなたもエントリーされてはいかがです?シールドライガーMKIIで」
 「きつい冗談だな、基本性能が違いすぎる。それに本当は大型ゾイド専門だしな。かといって、
  ゴジュラスじゃお前らのスピードについて行けん」
 「ゴルドスはどうだ? あれの精密射撃ならライトニングサイクスでも捕らえられる」
 「その前に格闘戦を挑まれたらどうにもならないだろうが」
 弄んでいた冊子を無造作に投げ捨て、少々わざとらしい咳払いを一つ。
 「まぁ・・・・『引退試合』ってことで、ちょうどいいんじゃないか?」
 シュバルツが足を止める。
 「それはどこから聞いたんだ?」
 「まさか内緒にしてたつもりなのか? 軍関係者なら共和国の新兵だって知ってる噂だぞ」
 「・・・トーマだな」
 「知っている顔に会うたび盛大に嘆いていたぞ」
 遠回しに肯定され、またもため息の回数が増える。
 「母校から実戦訓練の講師を、ずっと以前から頼まれていた。これまではいつまた争いが起こらないとも分からないから断っていたのだが・・・・」
 「確かに、平和な時代に優秀な指揮官は不要だな」
 感慨深げに漏らすハーマンを見て、シュバルツも同意を示す。
 「小競り合いが絶えないとはいえ、軍とGFでことは足りる。私も充分出世したからな、
  これなら御祖父様に叱られることもなさそうだ。軍との縁が切れるわけでもない」
 二人は再び歩き出した。
 十字路まで来たところで、突然ハーマンが「しまった!」と叫ぶ。同じ通路を歩いていた共和国兵がビクッと反応する。
 「例の試合は、確か3日後だったよな?」
 「そのように聞いているが」
 「ウルトラザウルスの修理が間に合わないじゃないか! しまった、あれなら最高の見物席なのに」
 最強の超巨大空母ゾイドを観覧席呼ばわりしたハーマンに、しばし呆気にとられていたシュバルツだが、やがて堪えきれなくなったのか思わず吹き出した。
 そんなシュバルツを見てハーマンも笑い、二人はそこで別れたのだった。

*               *

 運命の日、と言うのは大げさかもしれないが、ともかく例の日付まであと数時間。

 バンとジークはブレードライガーの最終調整に精を出していた。
 別にパーツが欲しいわけでもないのだが、どうせやるからには勝ちたい。相手が強いとなればなおさらだ。
 アーバインの操縦が超一流であることはバン自身よく知っているし、大部隊の指揮官をしているところしか見たことのないシュバルツがどんな戦い方をするのかも楽しみだ。
 脚部スタビライザーのネジ締めが終わったジークがバンの様子を見に寄って来たとき、倉庫に人影が増えた。
 「何か手伝える?」
 今回はゾイドの操縦者にそれぞれ一人ずつ技術サポートが付くことになった。アーバインにはムンベイ、
シュバルツにはトーマ、そしてバンにはフィーネが割り当てられたが、これは順当というところだろう。
 ほとんど終わっちまったからなぁ、とぼやいてからフィーネの持っているものに目がいく。
 「フィーネ、それ一口・・・・」
 そこまで言って重要なことを思い出した。
 「・・・・悪りぃ、やっぱ何でもないわ」
 「? コーヒーだったら、バンの分もあるわよ」
 受け取った紙コップに口を付けるでもなく、何となくブレードライガーを見上げる。
隣りのジークとフィーネもついつられて見上げてしまう。
 「ねぇバンもやっぱり楽しみ?」
 「そりゃあな。アーバインと本気でやり合うのは久しぶりだし、噂のセイバータイガーの実力も見れるしな」
 「・・・・あのねバン、そのシュバルツ大佐のセイバータイガーなんだけど、一つ気になることがあるの」
 そういってフィーネが差し出したのは、数値がびっしりと書き込まれた表だ。
 「なんだこりゃ?」
 「ムンベイが配ってた、バン達の基本性能一覧表。賭け事だから情報公開は公平じゃないとダメだって」
 「そんなことまでやってるのかよ。えらく本格的だな」
 そういいつつも目はしっかり数字を追っている。
 「ほら、このシュバルツ大佐の所だけ出力レベルが低いでしょ? 普通のセイバータイガーでもこれより上なのに」
 「アレじゃねぇの? でっかいガトリング背負ってる分本体の出力が落ちてるとか」

 数字を追ってはみたが、実践派のバンに大したことは分からない。返事にもあまり熱がこもらない。
 「だってビームガトリング砲のエネルギーは、外付けのバックパックから供給されてるもの。
  それでこの数字はおかしくない?」
 とりあえずうーんと悩んでみたが、『何か事情があるんだろ』との判断に落ち着いた。
ゾイドの性能差はゾイド乗りの腕でカバーできる、それはバンの経験則であり、信条でもある。
 「ところで、さっき俺『も』楽しみなのかって聞いてきたよな? そう言うフィーネはどうなんだよ」
 「うん、私もすっごく楽しみ! だって誰が勝っても負けても面白そうなんだもん」

 思わずどういう意味か聞きかけたが、なんだか怖そうな答えなのでやめておくことにした。
 話が一段落したところで冷めかけたコーヒーを一口含む。
 が、次の瞬間『コーヒーに酷似した茶濁色の液体』を吹き出し、盛大に咳き込む。

 「ちょっと、バン! 大丈夫? どうしたの?!」
 「ふ、フィーネっ、これ俺の方じゃないだろっ」
 「え? あっゴメン! バンのコーヒーこっちみたい!」
 慌てる二人を前に、コーヒーとは縁のないジークだけが不思議そうに首を傾げていた。


 ムンベイがその日までの集計結果をひっさげ、アーバインとライトニングサイクスの元に来たのもやはり大体の作業が終わった後だった。
 「アーバイン、あんた今3番人気よ?」
 「何ぃ?! どういう意味だ、そりゃ!」
 「当然って言えば当然の結果よね。バンは共和国、シュバルツは帝国の兵隊さんが買ってくし。あんたは大穴扱いね。今回は条件も悪いし」
 「俺がバン達に負けるってのか?」
 投票率を書き留めた紙の下に挟み込んだ、当日の予想状況のデータ集を読み上げる。
 「当日のフィールドはレッドリバー近くの300平方キロ、渓谷や砂漠地帯も含まれてる」
 「それがどうした。砂ぐらいでライトニングサイクスのスピードが落ちるわけねぇだろ」
 「あのねぇ。バンは力押し一本の近接戦、シュバルツ大佐は状況に応じた近中距離からの攻撃。あんたとライトニングサイクスは?」
 ようやく思い当たる節があったのか、アーバインの口から思わずといった調子で「あ」と声が漏れた。
 ライトニングサイクスもその前身のコマンドウルフも、力押しや遠距離砲撃で押すタイプではない。
相手にギリギリまで接近した後の、至近距離からの奇襲戦法である。
 そして、傭兵としてあちこちで戦ってきたアーバインの得意な戦法もまた、奇襲である。
 確かに実戦ではこの上なく有効な戦術だ。
 しかし、
 「障害物もない広い砂漠ど真ん中からのスタートじゃ、間違いなく狙い撃ちされるわね」
 しかも、ブレードライガーに接近戦を挑むには力不足。シュバルツのセイバータイガーを仕留めるにも、あちらのビームガトリングからすればレーザーライフルは玩具同然だ。
 いくらアーバインの反応速度が速くとも、またライトニングサイクスの回避能力が優れていようとも、
この2機が相手では圧倒的に不利なのだ。
 「そ・こ・で、ムンベイさんからの提案なんだけど」
(・・・・またこいつはしょーもないこと企んでるな)
とは思っても、口や顔に出さないのが処世術というものである。
 しかしムンベイの作戦を聞いているうちに、アーバインも気が変わった。
 「だけどお前、コマンドウルフのパーツなんかいつのまに確保してあったんだ?」
「あら、いつか絶対に必要になると思って取って置いたのよ」
 パーツを取りにグスタフへ向かうムンベイが、ふと振り返って
 「あ、そうそう! 謝礼はパーツ代の四割でいいから!」
 ムンベイの背中を見送るアーバインは、思わずぼやいた。
 「・・・・世界のどこに金をせびるサポーターがいるんだよ、おい」
 黒いセイバータイガーは、トーマが物心付いたときにはもう兄のそばにいた。
自分の知らない兄を、この気難しい機獣は見ていたのだと思うと、ほんの少し羨ましくもある。
 トーマにとって、『シュヴァルテン・ランツェ』は兄のそのものでもあり、
憧憬と嫉妬の対象でもあった。
 別々の場所にいる二組とはさらに違う場所で、トーマは張り切っていた。
 そして、同時に気負ってもいた。
 兄の手助けが出来るとなれば睡眠なんてものはどうでも良くなってくる。しかし、万が一兄が負けたとなれば、それは自分自身のせいなのだと言い聞かせてもいた。
 ――トーマにしてみれば、相手が2度デスザウラーを倒していようが、あのレイヴンと引き分けまで持ち込んでいようが、尊敬する兄の勝利はほぼ確実なのである。
 「ビーク! ランツェのシステムスクリプトをこちらにダウンロードしてくれ」
 数瞬後、ランツェが激しく体を揺すりはじめ、ビークもまた抗議を表すピープ音を響かせた。
勝手にデータを見られるのが嫌で暴れているらしい。
 とはいえ、コンピュータ制御されたゾイドが最上級のAIにハッキングでかなうはずもなく、数十秒後にはトーマの手元に文字の羅列が表示された。
 ざっと目を通したところでは異常は見られない。
 が。
 トーマの手が止まった。
 ビークもまた懐疑の肯定をするようにスピーカーを鳴らす。
 「コマンド総量が通常の半分以下だと? これは一体・・・・」
 「――精が出るな、トーマ」
 「兄さん、そんなことより・・・・『兄さん』っ?!」
 突如として背後に現れた――無論トーマが気が付かなかっただけなのだが――シュバルツに、腰を抜かしたトーマは動揺丸出しで慌てて後ずさった。後ろの支柱に頭をぶつけるというおまけ付きだ。
 「おっお見苦しいところをお見せしました、シュバルツ大佐っ!」
 「悪かったな、『そんなこと』で」
 「ああいえ、その件についてはですね、間違ってもそういう意味ではなくてですね、つまりこの状況はその・・・・」
 「今は勤務時間外だぞトーマ。そんな堅苦しい言葉遣いはしなくていい」
 「申し訳ありませんっ!」
 動転したまま必死で言い訳を重ねるトーマだったが、・・・・面白そうにこちらを見ている兄の顔を見て、ようやく一つの推論に行き当たった。
 「大佐・・・・兄さん」
 「どうした?」
 「・・・・遊んでますね?」
 「やっとばれたか」
 本当に心底楽しんでいる兄を見て、13年前もこんな人だったかと記憶の発掘を始めたのだが、
成果は上がらなかった。
 ――後に、兄と自分の上官でもあり親戚でもあるリムゾン・オクサイド少将に確認を取ったところ、
「君が気付いていなかっただけで、あいつは元々ああいう奴だ」
との回答を頂いた。
 「すまないな。あまりにも真剣だったんで、ついからかってみたくなった」
 かぶっていた軍帽を胸に掲げ、愛機を見上げる。
 「そんなことで、お前の仕事の質が落ちるはずもないのにな」
 そうひとりごちた主人に対して、訝しげに呻るセイバータイガー。
 「そう心配するな。俺が目を離した隙に、こいつは帝国一の技術者になったんだからな」
「そんな・・・・買い被りすぎです、兄さん」
 そうは言いつつも、まんざらでもなさそうなトーマの声にビークのからかうような電子音が被さる。
自分の開発した人工知能と口論する弟の姿に、シュバルツから笑い声が漏れた。
 「ビーク! 何もそんなことを、兄さんのいる前で言わなくたっていいだろう!!」
 「心配しなくても、私にはビークが何を言っているのか分からないのだが」
 場が一段落したところで、ビークがトーマに質疑を促す。
 「あぁ、そうだ兄さん。ちょうどお聞きしたいことがあって・・・・」
 「そういえば言っていたな、『そんなことは』とか」
 「その事はもういいんです! 実は、兄さんの『ランツェ』のシステムデータのことなんですが・・・」
 シュバルツに背を向け、問題の箇所まで画面をスクロールするトーマには、兄の表情が厳しいものになったことを知るすべはない。
 「ゾイドのコンバットシステムは500行のプログラム言語で書かれていて、これは帝国も共和国も
  ほぼ同じです。しかし、この『ランツェ』と呼ばれるセイバータイガーのコマンドスクリプトは
  250行前後、通常の半分ほどしかありません。プログラミングの形式も、帝国・共和国で使われ
  ているものではなく、少なくともこれまでにこの形式と言語を使っていた軍隊は対戦以前のヘリック
  共和国、あるいはそこから派生した旧ゼネバス帝国以外には知られておらず、また動力部・駆動系
  にも現在では見られないような仕組みになっています。これは『セイバータイガー』と言うより
  『サーベルタイガー』の機体構造に酷似しており・・・・」
 「――トーマ」
 硬質な兄の声に振り返り、その瞬間思わず我が目を疑った。
 「・・・・兄さん?」
 「シュバルツ家の名誉のために、それだけは絶対に隠し通さねばならなかった――何故なら、
  『これ』の存在自体が皇帝陛下とガイロス帝国に対する反逆行為だからだ」
 僅かな光を受けて黒光りする銃口と、ダラスの深海よりも冷たい兄の眼差しと、何も収まっていない右腰のホルスターとを順番に見やったトーマが、
 「・・・・冗談、ですよね?」
と疑問形で確認したのも無理はない。
 「ここでお前が『誰にも言わない』と誓ったとしても、それを知った者を生かして置くわけにはいかない」
 撃鉄が下がる無機質な音がした。
 兄の射撃精度の高さは、十数年前に父に連れられて行った射撃場で見ている。
今更我が身で再確認しようとは思わない。
 銃口がすぐ目の前から逸らされぬまま、引き金に指が掛かる。
 雰囲気に飲まれて身動きの出来ないトーマは、堅く目を閉じた。

 ――軽い破裂音。

 鼻先に感じた小さい風圧に思わず目を開けてしまった。
 しばらく硬直する。
 ・・・・硝煙の代わりに銃口から飛び出している造花や万国旗、床に散らばる紙吹雪、――兄が3秒前と全く同じポーズで顔だけを逸らし、必死で笑いを堪えているのを順番に見て、トーマはやっとの思いでこれだけ言った。
 「兄さん・・・・」
「なんだ? トーマ」
「絶対遊んでましたね、今!!」
 半泣きで縋りついてくる実弟に腹を抱えて笑い出すわけにもいかず、手を降参の形に挙げて苦笑するしかなかった。
 「そのことをお前に言ってなかったことを思い出して、今急いで来たところだったんだ。それに、
  お前があまりにも真剣だったものだから、つい」
 「『つい』じゃないですっ! グラビティカノンの効果範囲から逃げ遅れたときよりも、
  本気で死ぬかと思ったんですよ?!」
 「悪ふざけが過ぎたのは認める。だからとりあえず涙を拭け・・・・第一よく考えれば分かるだろう、
  私は軍務時間外には銃は持たない」
 差し出されたハンカチでぐしぐしと目を拭っていたトーマの動きがぴたりと止まる。
・・・・心当たりがあったようだ。
 「・・・・どこでそんなオモチャを拾ってきたんですか」
 「これか? ここに来る途中で拾ったんだが」
 ――目の前でオモチャの拳銃を弄んでいる人間は実兄ではないのだと思おうとしたが、
全て徒労に終わってしまった。
 ため息を付いて諦めた後、兄につられて漆黒の機獣を見上げる。
 「13年前・・・・」
 真剣な眼差しに戻った兄の台詞は唐突だったが、トーマは静かに聞いていた。
 「1機の『サーベルタイガー』が瀕死の重傷を負っていた。そのサーベルタイガーは敵地ガイガロスで、
  いつの日か祖国ゼネバス帝国を取り戻すためにたった1機で生き残ってきた。
  90年、一生の4分の3以上を過ごしたその機体には、これまでに負ってきた傷が深く残っていた・・・・」
 目の前の『セイバータイガー』が、微妙な調子で呻る。
 「その姿を初めてみたとき、私は深い感銘と畏敬の念を感じた――四肢で立つことが叶わないとしても、
  目の前の『敵』に対して牙を向けた、その姿に」
 それは、『深紅の暴風』としての最後のプライド。
 「・・・・数週間後、その機体がもう保たないと分かったとき、御祖父様と父上に必死で頼んだ。
  たった一度でいい、この誇り高き亡国の機獣が、もう一度大地を駆ける姿を見たいと」
 視線をトーマに戻して苦笑する。
 「それからが大変だったんだぞ。父上は口の堅い信頼できる整備技師を捜さなければならなかったし、
  私は『セイバータイガー』改修の口実として2階級飛びで昇格試験に合格しなければならなかったしな
  ――それも、たった1週間で」
 冗談のように語ってはいるが、実際に少尉にまで昇格してしまったのがこの兄のすごいところだと、トーマは常日頃思っている。
 ――余談だが、このとき巻き添えを喰って3階級飛びの昇格を果たしたのは、先のリムゾンである。
 「すまなかったな、作業の邪魔をしてしまった」
 「いえ・・・貴重な時間を割いて来てもらって、嬉しかったです」
 「・・・・トーマ、分かっているとは思うが、このことはバンやハーマン大佐にも絶対に言ってはいけない」
 そこまでして隠すというのも変だがな、と苦笑して軍帽をかぶりなおした兄の背中に、声をかける。
 「明日は勝って下さいね、兄さん」
 「・・・・当然だ。誰に物を言っているんだ? トーマ」
 振り返って悪戯っぽく言うと、シュバルツは今度こそ格納庫から立ち去った。

*               *

 雷雨を告げていた天気予報を裏切って見事に晴れ渡り、多くの関係者と観客をほっとさせた。 ゾイド戦を行うとき、一番怖いのは落雷によるシステムフリーズである。
 共和国軍レッドリバー基地と帝国軍ドラゴンヘッド要塞との間に作られた特設会場には、すでに多くの軍関係者が集まっていた。
 技術者達は自分たちの研究の集大成が結果を出すのを待ちこがれていたし、新兵卒はあこがれのゾイド乗りの戦う姿に思いをはせ、
――ギャンブルに参加した人間は自分の読みが当たることを祈っていた。
 「すごい人・・・・たった1週間でここまで人が集まるなんて、さすがはムンベイね」

 特別観覧席から眼下の人だかりを見て、フィーネがため息を付く。
 運営のサポートとして呼ばれたオコーネル大尉も別の方を見て、
 「あんなに巨大な野外スクリーン、一体どこから調達してきたんだ・・・・」
と呆気にとられていた。
 試合開始5分前、そのスクリーンの画面に3分割された映像が映し出され、観衆からどよめきの声が起こった。
 「横の2画面は会場に設置されたカメラだと分かるが、あとの1か所はどこから撮影しているんだ?」
 ハーマンの疑問にムンベイが指を差し、フィーネが「アレです」と言う。
 そちらを見やったハーマンの顔は、数瞬後目をむいた状態でムンベイの方に戻った。


 「こちらストームソーダーI、現在高度1000m・速度50kmで飛行中。会場並びに周辺には異常なし」
 「同じくストームソーダーII、搭載した特殊カメラも無事稼働してるわ」
 『了解! 引き続き、上空からの監視と撮影の方、お願いしますね』
 大会本部からのフィーネの無線が途切れると、ストームソーダーIのロッソの足下から小さな影が出てきた。
 「ロッソ、本当に連れて来ちゃったの?」
「仕方がないだろう、言い出したら聞かないのだからな」
 帝国で生中継を照覧しているはずの皇帝陛下は、眼下の景色がいたくお気に召されたようだ。
 「やっぱり中継を見るよりは、こうやって実際にバンやシュバルツ先生たちが戦っているところを見たいんです。それに、
今日のために1週間徹夜で公務をこなしてきたんです。大丈夫ですよ」
「・・・・ホマレフ殿に叱られても知りませんよ」
ルドルフと自分たちが。
 ・・・・地上の人間がこの『お忍び』に気が付くのは、まだまだ先のことらしい。


 3機のゾイドが姿を現すと、会場の歓声は一層大きくなった。
 「なぁ、本当にジークも一緒でいいんだな?」
 エントリーナンバー1、ブレードライガー&バン・フライハイト、そしてオーガノイドのジーク。
機体性能や戦歴から言っても文句無しの一番人気で、倍率は2倍を切っている。
 「生意気言うんじゃねぇよ。お前なんかその程度のハンデでちょうどいい位だぜ」
 エントリーナンバー2のライトニングサイクスとアーバイン。一時は最下位だったが、やはり帝国最新鋭機と言うことで、締め切り間際に2番人気に頻差で迫った。直前に計った機体重量は、見慣れないパーツのせいか僅かに重くなっていた。
 「1対1ならともかく、今回は一人で2機を相手にしなければならない特殊ルールだ。ゾイドの性能が全てではないぞ、バン」
 3枠にエントリーしたのは近接戦仕様のセイバータイガーと帝国きっての名将、カール・リヒテン・シュバルツ。
他の2機に比べ機体性能に不安が残るが、乗り手の腕次第では互角以上に渡り合うだろう。
 「3機ともにスタンバイ完了。試合開始まであと30秒です」
 管制官を任されたフィーネの声が会場に響く。
 そして。

 真昼の荒野に花火が派手な音を立ててあがった。

 しなやかな3機の機獣が、一斉に駆けだした。


 初速・加速力・最高速ともに2機より抜きん出たライトニングサイクスが、渓谷を目指して一直線に走る。
それを追ってシュバルツのセイバータイガーが駆けだし、バンはそれを追従する形になった。
 目の前を走るセイバータイガーに一発撃ち込みたい誘惑に駆られる。
が、アーバインのライトニングサイクスと1対1というのは少々やっかいなので、ここはまだ距離の開いていないライトニングサイクスから仕留めることにした。
 「悪いなシュバルツ、先に行かせてもらうぜ!」
 ガトリング砲を上下に揺らして走るセイバータイガーの横を、蒼い獣王が駆ける。

 目の前に捉えたライトニングサイクスはまだトップスピードを出す気はないらしく、とはいえ時速200キロペースを維持しながらひたすらに駆ける。
 ショックカノンを撃つが気配で悟られているのか、神速の機獣は右に左にスピードを殺さずに避ける。
 もう一回打ち込もうとした瞬間の衝撃に、バンが思わず叫ぶ。
 「シュバルツっ! 撃つならもっと前狙えよ!!」
『悪いな、偶然だ。あの俊足に当てるには弾幕でも張らんと当たらないぞ』
「そうは言ってもよ、今のは半分くらいこっちに当たってたぜ!」
『ブレードライガーの上下差が思っていたより大きかっただけだ、気にするな』
 暗に自分の操縦テクニックが甘いと言われたようで、その感情を目の前のライトニングサイクスにぶつける。
 「ブースター、オン! 一気にケリをつけるぜ!」
 ライガーのゾイドコアに直結しているジークが応答し、バンの操作と同時に出力をあげる。
 ブレードライガーとライトニングサイクスとの相対距離がぐんぐん縮まっていく。

 次の瞬間、突然ライトニングサイクスが前足の爪を支点として急反転した。完全静止するより前に、
背負ったレーザーガンからエネルギー塊が発射される。  「うげっ! ジーク、シールド展開っ!!」
 ブレードライガーのたてがみ周辺に発生した空間の歪みに、出力の低いパルスレーザーが弾き返される。
 2発、3発、4発目、バンの期待を裏切って、シールドはあっさり消滅した。
 「おい! まだ4発しか喰らってないんだぞ!」
 慌てて機体の状況をチェックする。
 「シールドジェネレーター破損?! 一体いつの間にだよ!」
 答えるように、背後からも光弾の雨が襲う。
 ピーッと甲高い音で、ブレードライガーのコンバットシステムが戦闘不能を伝えた。


 「あーあ、一番人気が一番最初にやられちゃってどうするのよ、まだ見せ場だって作ってないじゃないか」
 口ではそう言いつつも、これで展開が分からなくなったと内心喜んでいるのはムンベイである。
 「偶然を装った背後からの攻撃に気付かず、あまつさえ自機の状態も把握していないとは・・・・まだまだ未熟者だな、バン・フライハイトも」
 「く、クルーガー大佐! 失礼ですが、いつからこちらに?!」
 周囲の驚きをよそに、画面を見つめて腕組みしているクルーガー大佐の頭には包帯が巻かれている。
おおかた軍属病院から抜け出してきたのだろう。
 「さて、これで試合の流れは分からなくなったが・・・・依然としてライトニングサイクスの優位は変わらんか」
 「あ、バン、ジーク! お帰りなさーい!!」
 早々にリタイアを決めてすごすごと戻ってきた一人と1機に、無邪気に手を振ってフィーネが出迎えた。


 低空飛行するストームソーダーの索敵範囲から外れた丘の上にも、二人と3機の観客がいた。そのうち2機は現存する3機のオーガノイドの内の2機、シャドーとスペキュラー。
当然その主もブレードライガー撃破の瞬間を見ていた。
 もっとも、レイヴンはその時点でもう会場に背を向けていた。
 「あーあ、デスザウラーを倒した英雄も、あの二人の前じゃ不利だったって感じだね。
 でももうちょっと粘っても良かったのに」
 普段に輪をかけて憮然としているレイヴンにリーゼが同意を求めるが、返事は無い。
――リーゼの方でも、返事を期待していたわけではないが。
 「自分も混ざりたかったって感じだね。でもダメだよ、あの3機と『こいつ』とじゃ性能差が違いすぎる」
「・・・・ブレードライガーならそう差はないはずだ」
 表情よりもさらに憮然とした声でそれだけ返す。
 「おい、いつまで見てるんだ。帰るぞ」
 何も言わずにシャドーがレイヴンに付き添い、裾に着いた砂をはらってリーゼが立ち上がり、
スペキュラーもその背中を追う。
 二人と2機が向かった先には、深紅の魔装竜が静かに佇んでいた。
 「さぁて、ここまでは予定通りだが・・・・」
 ブレードライガーが回収された今、ライトニングサイクスとセイバータイガーの間に障害物は
一切無い。
 が、どちらも微動だにしない。
 フィールドと現在位置を表示したディスプレイに目をやり、操縦桿を握り直す。
 ライトニングサイクスが旋回し、
 「ここは一丁、逃げるが勝ち、ってな!」
 今度は最高速一歩手前までスピードを上げる。
 それを追って黒いセイバータイガーも再び駆け出す。
2機のカメラアイは、七〇キロ先の渓谷を正確に捉えていた。

 自分を遙かに上回るスピードで逃げ出した『敵』に苛立って、自機が吼える。
 時速300キロ台を保って疾走するライトニングサイクスに対して、シュバルツのセイバータイガーはその半分近いスピードにとどまっている。前方の機影はぐんぐん小さくなってゆく。
 ビームガトリング砲の射程距離ギリギリを走るライトニングサイクスを、あえてロックせずに横幅のある弾幕を張る。
 「命中率17パーセントと言ったところか。あれだけ広範囲に弾を蒔けば、お得意の平行残像移動も効果がないしな」
 レッドリバーの特徴である渓谷に逃げ込まれてしまえばさらに不利になってしまう。
何とかそれまでに決着を付けたかったのだが、2発目の掃射は、距離もあってあまりダメージを与えられなかったらしい。愛機のコンピュータは相手がギリギリのところで身を沈め、砲撃をかわしたことを告げた。
 知らずの内に、シュバルツの顔に笑みが浮かぶ。
 一番近いクレバスまであと数キロというところで、前方からエネルギー弾が見事なまでの精度で襲いかかってくる。
 セイバータイガーが不敵に吼え、ギリギリまで引きつけ、八十トン近い巨躯が鮮やかに宙を駆った。 
そのまま慣性で着地した先に敵機を発見し、谷底から舐め上がるような機銃掃射をたたき込む。
 自らも弾道を追い、さらに駆け出す。

 「あんなモン背負っておいて、あそこまで跳ぶか?! 普通よぉ!」
 そういうアーバインの唇も端がつり上がっている。不意を付かれたのと、容赦のない攻撃に自機のダメージは思ったより大きい。
 が、走れないほどではない。
 右肩の岩壁に身を寄せ、こちらもさらに逃げる。
 無骨なセイバータイガーに比べれば華奢にさえ見えるライトニングサイクスのはるか頭上を、毎秒80発近いビーム塊が打ち込まれる。
 一瞬その照準を疑ったが、自機の鋭い叫びに全てを悟る。
 残像めがけて、脆かった岩塊が降り注ぐ。直撃していたらコンバットシステムがパニックを起こし、そのままフリーズするところだった。
 砂埃に紛れて横から剥き出されたキラーサーベルに、威嚇するように啼いて垂直に切り立った岩壁へと回避する。やや後行する形で平行につけるセイバータイガーに対し、今度はこちらが飛礫を蹴立て当てる。
 ダメージにならないまでもストレスにはなる小さな刺激に、苛立った黒い機獣が空気を揺るがせて咆哮する。
 しかし、セイバータイガーは冷静さを欠いてはいるが、その乗り手もまたそうであるとは思えない。
まして、興奮してもしただけの底力を見せる機体なのだ、あの種のゾイドは。
 「いつまでも遊んではもらえねぇな、これは」
 体側面に掛かりっぱなしのGに舌打ちする。
 威嚇するかのように、足下に不可視の弾丸が撃ち込まれる。
 (足場を崩されてコケたところをトドメ、じゃ洒落にもなんねぇぞ)
 行き止まった壁を駆け上がり、高いところからの砲撃。
 相手も馴れたもので、横に跳びすさりながらも隙を見て打ち込んでくる。
 「シュバルツ、そろそろ『とっておき』使わせてもらうぜ!」

 有利であるはずの高方射撃をやめ、また行き止まりのクレバスに飛び降りたアーバインの意図を計りかね、一瞬動きが止まる。
 その間にも相手は再び壁走行をして相対距離を詰めている。
 すれ違いざま再び落とされた石片の中に、いくつか様相の違う物が見えた。
 その黒くて丸い堅そうな物が、目と鼻の先に落ちる。

 ――閃光。

 機体の上半身までを包む痛いほどの光に、さすがのランツェも泡を食って立ち止まる。
 中の操縦者も、感度の上げられたカメラ越しにフラッシュを喰らい、咄嗟に腕でかばったが視覚が麻痺する。
 相手を見失い、見境なく吼えたてる愛機の声が聞こえる。
 視力は数秒で快復したが、視界は以前白いままだった。
 らしくもなく、シュバルツが舌打ちをする。
 「煙幕か・・・・見慣れない物を付けているとは思ったが、まさかコマンドウルフのスモークディスチャージャーを装備してくるとは・・・・」
 後方から正確に2連射、パルスレーザー弾が打ち込まれる。
 いきり立って振り返ったセイバータイガーの横っ腹に、再び2発。
 センサーさえも利いていないと分かったとき、初めてシュバルツに焦りが生まれた。

 閃光弾によって出来た隙にライトニングサイクスが周囲に煙幕を張り、動きの止まったセイバータイガーめがけて攻撃をしている。
 「・・・・ありゃあ、タダの煙幕じゃないな」
 またも唐突に現れ周囲を退かせたのは、科学者の頂点とも言える――ただし、その性格には多少難があることは認めざるを得ない――ドクター・ディだった。
 「あの様子を見るに、煙幕の中ではほとんどのレーダーやセンサーが無効になって
おる。まぁおそらく、普通の発煙弾に特殊な金属を混ぜ込んだのじゃろうな」
 モニターから目を外し、見えるはずもない谷底に視線をやるバン。
 「あの辺りは地形の関係で風が止まない、けどこの時間になるとその風がしばらく止んで完全な無風状態になる・・・・アーバインもシュバルツの動きを読んだ先に煙幕を張っていくから、
  この分だとセイバータイガーが煙幕から逃れるすべはない・・・・」
 モニターには、依然として煙幕に攻撃を仕掛けるライトニングサイクスが映っている。

 ダメージ箇所を伝えるアラームが止むことなく鳴り続ける。
 視界を遮る煙から逃れようと走っても、その先には新たな煙塊が置かれていて、全く視界の利かない状況が続いている。
 操縦桿を握った手が弛むのを自機が叱咤した。
 ――自分はともかく、愛機はまだ勝負を捨ててはいない。
 迷いは一瞬。
 横のコンソールにある、『枷』の解除ボタンに手を伸ばした。

 上空で風の向きが変わり、再び谷間に発生した風に煙幕と爆煙がゆっくりと流れていく。
 沈黙した相手にトドメを刺そうと歩み寄ったとき、その中で鈍い落下音がした。
 機体が倒れた音かとも思ったがそれにしては軽い。
 刹那。
 後ろ向きに強烈なGが掛かる。
 飛びすさった愛機の鼻前を鋼鉄の爪が掠める。
 動揺したライトニングサイクスの前に、ライトグリーンのカメラアイを炯々と光らせたセイバータイガー
が立ち向かう。
 ビームガトリング砲、小型レドーム、レーザー照準機、ビームガン・・・・全ての火器を脱ぎ捨て、本来の身軽さを取り戻した漆黒の機獣、『シュバルテン・ランツェ』。

 ライトニングサイクスは完全な恐慌状態に陥っていた。反転して方向も定めないままに駆け出す。
 が、その上を軽々と跳ぶ影があった。
 セイバータイガーが大型ゾイドの装甲も易々と咬み千切る牙を見せつけるように口を開き、後ずさるライトニングサイスを威嚇する。相手が下がったのと同じ分だけ、じりじりと前に出る。
 パルスレーザーライフルを撃ったが、錯乱状態では的を外れる。
 うるさいと言わんばかりに横薙ぎの一撃。
 前肢での攻撃を咄嗟に頭を下げてかわしたものの、胴から前にせり出したレーザーライフルの銃身が身代わりとなって砕かれる。
 なおもにじり寄るセイバータイガー。
 前傾に近い姿勢で最後の武器、レーザーキラーファングを見せながら呻り声をあげるが、
相手のキラーファングと比べるには貧弱過ぎた。
 セイバータイガーに一瞬遅れ、ライトニングサイクスも全身を沈める。

 一瞬の静寂と静止の後、場の空気ごと2機は動いた。

 右前肢の付け根に一撃を食らい、声もなくその場に倒れ伏したのは、細身のライトニングサイクスではなかった。
 『深紅の暴風』のカメラアイは、倒れる前に光を失っていた。

 横転したコックピットの中で、緊急用リミッターを入れた手の形そのままで、シュバルツは愛機の熱が強制的に引いていくのを感じていた。

*               *

 「おい! どういうつもりだったんだ!?」
 格納庫でトーマと立ち話をしていたシュバルツの元に、不満の足音を隠そうともせずにやってきたのは、優勝したはずのアーバインだった。
 「『どういうつもりだった』、とは?」
 「さっきの試合以外にあるか!」
 あまりの剣幕にトーマが一歩後ずさる。
 「セイバータイガーは俺のライトニングサイクスが一撃見舞う前に機能停止してた、
  それがどういうことかって聞いてるんだ!」
 殴りかからんとするばかりに、というよりほとんど殴りかかっているような口調にも、シュバルツは顔色一つ変えない。
 「情けをかけた。・・・・とでも言ったら?」
 「ぶん殴る!!」
 「アーバイン、貴様!」
 逆に殴りかかろうとするトーマを片手で制し、セイバータイガーの隣りに入れられたライトニング
サイクスを見上げる。
 「いいゾイドだな。――乗り手の気持ちを感じて、それを素直に全身に伝える。ゾイドも優れているが、
  その乗り手の腕も良くないとゾイドは答えてはくれない」
 突然脈絡のないことを言い出したシュバルツに、アーバインが訝しげに眉根を寄せる。
 何か言いたげな気を察したのか、振り返る。
 「気付いていたとは思うが、ランツェは頸柱を狙っていた・・・・ここを壊されるとよほど再生能力
  の強いゾイドでもないと生き返ることは出来ない。仮に助かったとしても、
  メモリーバンクに記録されたそれまでの『記憶』は全て消えてしまう」
 「・・・・そうなる前に、あんたが操縦桿を引いて止めれば良かっただろうが」
 「確かにな。普通のゾイド、普通にコンバットシステムの搭載されたゾイドならばそれで止まるだろう」
 ビークがセイバータイガーのシステム再起動を告げる。漆黒に塗装された頭部のなかで、
ぼんやりと光るカメラアイは、それでもひときわ目立つ。
 「私の愛機は特殊でな。勘や反応が鋭い分、やたらと暴れたがる傾向がある。駆動系システム以外に唯一載せたのは、そういった野生の部分を鈍らせるリミットシステムだけだ」
 セイバータイガーの呻り声に、つい先ほど散々脅されたライトニングサイクスが情けない声を上げる。
 そんな相棒と、先ほどの戦闘に不満げな黒いセイバータイガーを見上げ、
アーバインは呆れた声で言った。
 「どういうゾイドに乗ってるんだ、あんたは」
 「特殊なのはこいつだけだ。私も実際にシステムを解除したことはなかったから、
  まさかあそこまで制御不能になるとは思ってもみなかった」
 「・・・・制御できてたまるか、そんなもん。ある意味ジェノザウラーより厄介だぜ。
  しかも乗り手はアンタときた」
 「褒め言葉として受け取っておこうか」
 場の雰囲気が氷解したのを見計らったわけでもないだろうが、向こうからフィーネとムンベイが手を振ってきた。
 「アーバイン、早く早くー!」
 「表彰式始まるってよ!」
 腕を組んで微妙な笑みを浮かべているシュバルツに片手を挙げ、愛機とその向こうの『暴風』を見る。
 待ちきれないフィーネがもう一度促す。
 「何してるのアーバイン! みんな待ってるよー?」
 「分かってる・・・・今行く!!」