HOME > ZOIDS > 『真昼の亡霊』

writer:止眼業一さん
category : ZOIDS小説

 Lサイクスは、かつての相棒、コマンドウルフの魂が宿ったゾイドだった。
 技術者ならば、戦闘データを移植しただけと言うかもしれない。だが、データとは記憶であり、記憶こそ精神、魂の根幹に他ならないのならば、間違いなく、Lサイクスにコマンドウルフの魂が受け継がれたと言える。しかし、どんな理屈よりも、Lサイクスのちょっとした癖や鼓動、息吹までもコマンドウルフと同じだという、アーバインにしかわからない確かな実感があった。Lサイクスこそ、まぎれもなくアーバインの相棒だった。
 あの戦いの後、アーバインはめでたく(?)賞金稼ぎに復帰した。
GF、共和国、帝国はこぞってアーバインをスカウトしようとしたが、全て断った。自由気ままで、何をするにも自分の責任において行うことのできる賞金稼ぎの方が、自分の性に合っていた。それに、今までGFに協力した分で、Lサイクスの代金は返したつもりだった。

 前方の岩に黒い影が見える。ゾイドのようだ。その影はコマンドウルフに酷似している。だが、そのゾイドは、コマンドウルフより、全体的にがっしりとしたフォルムだった。Lサイクスのツヤ消しの黒とは違う、輝くような黒色の体、強靱な前脚や後ろ脚、戦闘的な面構え。
 ジークドーベル。かつて、ガイロス帝国軍が使用したイヌ型超高速格闘戦ゾイド。その俊足はコマンドウルフやシールドライガーを凌ぎ、大型ゾイドをも容易く屠るパワーを秘めていた。その強力さから「勝利の番犬」の異名をとり恐れられたという。しかし、ジークドーベルは、ここ100年くらい前に絶滅したと一般には言われていた。その幻のゾイドが、今、アーバインの目の前にいる。
 アーバインは、肉眼で確認するために、コックピットハッチを開放した。
 眼帯式の複合カメラが自動的にズームを絞り、焦点を合わせる。
 間違いない。記録の中でしか見たことのないジークドーベルが、そこに存在していた。
 ジークドーベルの傍らに、一人の男が立っていた。白髪を短く刈り込んだ男はゆっくりとアーバインを仰ぐ。この暑さにもかかわらず、ひどく分厚い黒い外套を着ている。その両目が光を失っているところを見ると、男は盲目なのかもしれない。男は、アーバインと同じくらいの年齢のようだが、ひどく年を重ねた老人のようにも見えた。
 「おい、そのゾイドは、ジークドーベルなのか?」
 「如何にも。よく知っているな」
 男の声は、その外見に似合わず、ひどく軽やかで中性的な声だった。
 アーバインはLサイクスからひらりと飛び降りると、ジークドーベルを見上げる。繊細なサイクスとは違い、その外観も相まって力強い印象を受ける。男はアーバインに話しかけた。
 「見たことのないゾイドだ。だが、よいゾイドのようだな。名は何という」
 「ライトニング・サイクス。俺の相棒さ」
 「そうか」
 「それにしても、ジークドーベルなんて、どこで手に入れたんだ。とっくの昔に絶滅しちまったんじゃないのか」
 男は微かな嘲りにも似た笑みを浮かべる。
 その時、アーバインは、酷熱の砂漠にいるのにもかかわらず、なぜか、薄ら寒いような気がした。
 「どうだ。辺境のみやげ話に幻のゾイドに乗ってみる気はないか?」
 「何だと?」
 普通、ゾイド乗りが自分の相棒であるゾイドを他人に貸すことなど有り得ない。胡散臭いこと極まりなかった。逡巡のあと、アーバインは決断した。結局、世にも珍しい幻のゾイドの性能を確かめてみたいという誘惑には勝てなかった。
 「いいのかよ。本当に」
 「ああ。構わないさ。ジークドーベルは、そんなに我侭ではない」
 アーバインは、恐る恐るジークドーベルのコックピットに収まる。ジークドーベルは、古いゾイドだったが、一目で手入れが行き届いていることがわかった。余程、大事に使っているのだろう。
 アーバインはジークドーベルを10分くらい走らせてみた。Lサイクスが、黒い稲妻だとしたら、ジークドーベルは、黒い暴風だった。その素晴らしいスピードは、Lサイクスと同等だし、パワーは明らかにLサイクスより上だった。
 また、男が言った通り、かなりあやつり安い。コマンドウルフよりも素直なくらいだった。
 しかし、アーバインは、どこか、このゾイドがおかしいような気がした。違和感を感じる。だが、はっきりとはわからない。その時、一つ奇妙なことに気がついた。
目の見えないはずのこの男が、どうやって、ジークドーベルを操縦しているのだろうか?
 アーバインは男に礼を言うと、軽い酩酊感を感じながら、ジークドーベルを降りた。
 「凄いゾイドだな。だが、俺には合わねえ」
 「そうか。そう言うと思った」
 アーバインは再び、Lサイクスを駆り、目的地を目指す。だが、その日、一日、Lサイクスの機嫌はひどく悪かった。こんなところまで、コマンドウルフによく似ていた。
 翌日、Lサイクスを宥めすかしながら、アーバインは、目的の町にたどり着いた。この町に賞金稼ぎ達の情報屋「おふくろさん」が、紹介してくれた依頼者がいるはずだった。
 宿場町とおぼしき町は、ひどく寂れていた。いや、寂れているというのは、まだ上等な表現だった。有り体に言えば、ゴーストタウンと言う方が相応しい。家屋は全て傾いでおり、ほとんど無人だった。風が砂埃を舞いあげ、ゴミを転がしていく。目立ったところの何もない宿場町だが、巨大な鐘楼と宿場町の外周にある、かなりの数の墓標が、薄気味悪さをそそる。
 廃墟のような町の荒れように、アーバインは思わず首を傾げた。こんな町に依頼者がいるのだろうか。待ち合わせの酒場は、すぐに見つかった。入り口に大きな猫の形をした色褪せた看板を掲げている。
 軋むドアを開ける。時間も時間で、客は一人もいない。依頼者もまだきていないようだった。すえた臭いと埃っぽい空気、年季だけは感じさせる汚れたテーブルや古い樽、狭い割に、様々なガラクタが飾られ、奇怪なオブジェと化していた。大きな古い柱時計がかかっている以外は、正しく場末の薄汚い安酒場だった。
 カウンターには、でっぷりと太った赤ら顔のマスターとおぼしき男が座っていた。マスターの癖に昼間から飲んでいるらしい。アーバインの経験からすれば、悪い酒場の典型的マスターだった。
 「なんか、食いものはないのか?」
 この町で食糧や水を補給しようと思っていたアーバインは、昨日の夜から何も食べていなかった。
 「あんちゃん。ここは酒場だぜ」
 「じゃあ、別の店にいくしかねえな」
 「あいにくとな、この町には誰もいねえ。もともと、寂れたとこだが、みんな、逃げちまいやがった」
 柱時計が、12時の鐘を鳴らした。待ち合わせの時刻だが、アーバインの待っていた依頼者はこない。すると、酒場のマスターが太った体を揺らしながら、立ち上がり、急にアーバインの前のテーブルに座る。
 「じゃあ、仕事の話をしようや。あんちゃんが凄腕の賞金稼ぎなんだろ」
 「あんたが依頼者なのか。なんだったら、はじめっから、そう言えよ」
 酒場のマスターは人をくったような顔で大笑いした。
 「いや、すまねえな。どんな奴かちょっとばかし、見てみたかった。本題に入ろうや。
依頼をおふくろさんに出したのは、俺だ。凄腕を一人よこしてくれってな。倒して欲しい奴がいる。そいつは亡霊だ」
 「亡霊?」
 アーバインは眉をしかめた。アーバインは神仏から幽霊まで、その手の存在を一切信じなかった。
 「そう呼ばれている。随分前からだが、この辺りの村や町に三年に一度、何も書いていない真っ黒な封筒がくる。中はカラッポ。そうすると、必ず町はキレイさっぱりなくなっちまうのさ。それはみんな亡霊の仕業だ」
 「おっさん、俺は、こんな辺境まであんたの余太話を聞きにきたんじゃねえんだぜ」
 「まあ、黙って聞けよ。戦争前から何度も共和国だの帝国だのの討伐部隊が送り出されている。だが、全滅だ。丘の上の墓を見たか?あれは、9年前に、近くの村が亡霊に襲われたとき、送り込まれた共和国の討伐隊の成れの果てさ。3年前、襲われたところじゃ、金持ちが、20人ばかし傭兵だの、賞金稼ぎだのを雇ったが、それも全滅だ。1週間くらい前、この町にも黒い封筒がきた」
 少なからず興味を覚えたアーバインは身を乗り出す。
 「亡霊の正体は、ゾイドだ。そいつは間違いねえ。どのゾイドもコアを潰されて、お陀仏だ。それと乗ってた奴もコックピットごと噛み潰されてあの世行きさ」
 「亡霊を気取るゾイド乗りとゾイドか。どっちにしろ、ろくなもんじゃねえな。で、奴はいつくる?」
 「明日の昼、12時ピッタリだ。」
 「真昼の亡霊とは、随分、非常識だな」
 「違えねえ」
マスターは腹を揺らして大笑いした。
 「一つ聞いていいか?」
アーバインは、僅かに瞳を動かす。
 「なぜ、この町を守ろうとする?みんな逃げちまったみたいなのに。悪いが、あんたは、ただの酒場のオッサンにしか見えないんだが」
 「まあな。う~ん。何というかなあ。俺は単なる、酒場のしがないオヤジだ。アル中のヨイヨイだ。うまくは言えないが、まあ、なんだ。こうボロボロで寂れちまっても俺は、この町が好きなんだ。だから、亡霊だかなんだか知らねえが、町を壊されるのを見ちゃいられない。だから、あんちゃんを雇ったのさ」
 いくらでも値切れる駆け出しならいざ知らず、アーバインのような名うての賞金稼ぎを個人で雇うには、それなりに金がかかる。
 アーバインは意外に思えた。こんな酒場の稼ぎなど、たかが知れている。多分、有り金のほとんどをはたいて、自分を雇ったのだろう。この飲んだくれのマスターを、少し見直してもよいような気がした。
 「そうだ。あんちゃん、腹が減っちゃあ、戦はできねえよな。今、持ってこさせるよ。お~い小僧!とっとと何か飯を作れ。それから酒もだ」
 「おい、酒はいらねえよ。昼間っから」
 食事をとった後、アーバインは、明日に備え、工具箱を取り出して、酒場の裏に止めたLサイクスの足回りの調整をする。Lサイクスは、確かに高速、高機動のゾイドだったが、ひどく繊細な一面がある。そのため、本格的な修理などは、設備の整った基地でないとできない。せっかく賞金稼ぎに復帰(?)したのに、そのせいで軍との縁は切れそうになかった。
 一人の少年が、どこからか現れ、そんなアーバインの手元を熱心に見つめている。さきほど、酒場でアーバインの食事を作った少年だった。赤茶けたボサボサの髪と大きな黒い瞳。アーバインは、忙しい上、整備中に気を散らせたくなかったから、何も言わず、黙々と作業を進める。照りつける陽射しが厳しく、バンダナをしていても、汗がむき出しの肩を伝って流れ落ちる。ようやく、作業が終わったところで、アーバインは大きく息をつき、相棒の作った影に入り込んで休憩する。不意に飲料水の入った瓶が、少年から差し出された。アーバインは無言で少年の方を見る。喉が乾いていたので、水の入った瓶を受け取り、一気に飲み干した。
 「お前、まだいたのか」
 「凄いゾイドだな。こいつ。凄く速そうだ」
 「速そうじゃない。速いのさ」
 アーバインは面倒くさそうに答える。
 「あんた、ゾイド乗りだろ。ちょっと見て欲しいんだ」
少年は、アーバインの腕を引っ張り、引き起こすと、どこかに連れていこうとする。
 「おい、何だよ」
 アーバインが、少年に引っ張られてきた場所は、崩れかけた教会だった。尖塔は折れ、周囲にステンドグラスの破片が散らばっている。教会の中には一体のゾイドがいた。
 レブラプター。帝国軍のレブラプターは戦時中に、プロイツェンの肝煎りの新型ゾイドとして、各方面に配備された。だが、格闘戦に優れるとはいえ、装甲と火力に劣り、熟練ゾイド乗りでなくては、同数の他の小型ゾイドに勝つことは難しかった。そのせいで、どの部隊も受領したレブラプターをスリーパーにしてしまい、戦争が終わった今となっては、どこでも見ることができた。このゾイドとアーバインは何度となく戦った。ルドルフを帝都に送り届ける時、大群に囲まれ、さすがに肝を冷やしたことを覚えている。つい4年前くらいのことだが、随分、昔のことのように思える。
 「こいつがオレの相棒だ!」
 少年はレブラプターを誇らしげに指さした。小型ゾイドの割には猛禽類のような大振りの鉤爪、むき出しにされた鋭い牙のせいで、恐ろしげに見えるが、どことなく愛嬌がないこともない。
 恐らく、このレブラプターが少年の初めて乗ったゾイドなのだろう。ふと、昔の自分や出会ったばかりの頃のバンに、少年の姿が重なり、思わず笑みが漏れる。
 俺も最初はガイサックだったな。
 ゾイド乗りは、最初に乗ったゾイドを決して忘れない。よほどの幸運に恵まれるか、資産家でもない限り、たいてい初めて手にするゾイドは、中古のスリーパーや民間用の作業ゾイドだった。最初からシールドライガーに乗れたバンのような例は珍しい。ゾイド乗りは、巡り会った旧式の小型ゾイドに育てられる形で経験を積み、一人前になる。ゾイド乗りにとって最初に乗ったゾイドは、言ってみれば、相棒であるとともに、親であり師でもあった。
 「レブラプターか。悪くはない。だが、こいつを扱いこなすには、意外と骨だぜ」
 「うん。けっこうたいへんなんだ。頑固で、なかなか言うこと聞かないし」
 アーバインは、もう一度レブラプターを観察する。
 「こいつ、右脚のバランサーがいかれているな。このまま、ほっとくと走れなくなっちまうぜ。見て欲しいってのは、そのことか?」
 少年は目を丸くした。自分が説明しないうちに、アーバインが全て言い当ててしまったことに、ひどく驚いたようだった。
 「あ……」
 「前に乗ってた奴が、右側に重い装備をつけていたな。レブラプターは火力が弱いから、強化したくなるのは無理もない。だが、やたらな改造はゾイドに負担をかけちまう」
 「すごい…どうしてわかったんだ」
 「ま、見りゃわかるさ。だいたいはな」
 少年は少し、迷ったような顔をしていたが、意を決して切り出した。
 「あの…こいつを直すの、手伝って欲しいんだけど……」
 「しょうがねえな……」
 「本当!でも、オレ、金持ってないんだ……あのオッサン、ドケチで給料安いし……」
 「いや、金はいらねえよ。うまい飯を作ってくれた礼だ」
 それからアーバインは、少年のレブラプターの修理を手伝った。アーバインは、初心者に自分の知識や経験をひけらかして得意になるような趣味はなかったが、作業をしながら、少年のゾイドに関する様々な質問に、いちいち答えた。うんざりする程、常識的なものもあれば、逆に熟練者が考えもしなかったような角度からの質問もあった。本来無口で独りでいることを好むアーバインだったが、こうして少年と話していると、いつも抱いている想いを再確認することができた。
 ゾイド乗りは皆、同じ目をしている。その目は、遠くでは果てしなく広がる青い空と砂漠を見つめ、近くでは、自らの相棒に注がれる。それは、初心者もベテランも変わらない。結局の所、アーバインは、自分がバンと巡り会い、共に旅をし、死線をくぐり抜けてきたのも、ゾイド乗りとして、魂の奥底で同じものがあったからのように思えた。気恥ずかしくて、とても口には出せなかったが。
 少年のレブラプターの傷は意外に深く、結局、作業は深夜まで及んでしまった。
 
 あたりは昼間だというのに、ひどく薄暗い。それというのも、突然、吹き荒れはじめた砂嵐のためだった。砂嵐はゾイドにとって大敵の一つだった。レーダーや通信はきかなくなるし、関節部に細かい砂が入り込む。それくらいで走れなくなるほど、ゾイドは柔ではないが、手入れを怠ると、取り返しのつかないことになる。
 アーバインはゆっくりとLサイクスの歩みを進めた。もうすぐ、12時だ。
 少年がついていくと言い張ったが、アーバインは止めた。あのマスターの言うとおりの強力なゾイドとゾイド乗りならば、とても初心者の手に負える敵ではない。
 砂嵐の音が獣の咆哮のように聞こえ、それに混じり、くぐもった鐘の音が響く。マスターが言うには、あの鐘楼は、自動式で正確に時を刻んでいるという。鐘が鳴りやむ。その瞬間、砂嵐も唐突に止んだ。
 青い空と白い砂漠。動くものの影すらない。まるで、時が止まったようだった。その中に黒い影が静かに佇んでいた。
 黒いイヌ型ゾイド、ジークドーベル。そして傍らには、黒衣を纏った白髪の男。
アーバインが予想した通りだった。外部音声に切り替える。男の声が飛び込んでくる。
 「お前一人だけか。舐められたものだな。私も」
 「亡霊は昼間はおとなしくしてるもんだぜ」
アーバインは、その眼帯型複合カメラに隠されていない方の目でモニターの中の男を睨み付けた。 
 「なぜ、町を襲う?」
 「お前たちを釣り出すためさ」
 「お前たちだと?」
 思わず眉をしかめた。俺の他、ここに誰がいる?
 「お前たち、ゾイド乗りだ」
 「ゾイド乗りをおびき寄せて、戦って名をあげるためか?」
  男は軽い笑い声をあげた。
 「戦う?名をあげる?冗談ではない。抹殺するためだ」
 男の唇の端がつり上がる。
 「お前は、なぜ、ゾイド乗りになった?」
 なぜ、俺が、ゾイド乗りに?アーバインは過去の記憶を手繰り寄せた。朝から晩まで痩せた土地を耕し、気候のちょっとした変化や盗賊に脅える村の生活。そんな重苦しい生活の中で磨耗し、埋もれてしまうのが嫌だった。そして、いつまでも、熱病の妹一人助けられない無力な自分でいたくなかった。だから俺は故郷を出た。自由になるために、そして、強くなるために。自分の力で、初めて手に入れたゾイドと共に。
 「誰にも、何にも縛り付けられない自由で強い存在になりたかったからだろう」
  男は、いとも無造作にアーバインの心中を見通したかのような言葉を口にする。
「だが、それは、お前達が自分の思い入れをゾイドに投影しているに過ぎない。お前達ゾイド乗りは、ゾイドを相棒などと言うが、ゾイドにしてはいい迷惑だ。お前たちはゾイドの本当の姿を知らない」
 「違う!」
 いつも、はっきり感じている感覚を否定されたことが、珍しくアーバインを激高させる。アーバインは、このLサイクスも、自由でいたいのだと感じていた。狭い格納庫に押し込められ、拘束の多い軍務に出るよりも、思いきり、惑星Ziの大地を走りたいのだと。だからLサイクスは賞金稼ぎの自分を選んだのだと、いつも、そう感じていた。
 男はそんなアーバインの声を無視し、ろうろうと詩でも吟ずるように続けた。
 「ゾイドは生命体だ。無駄を省き徹底的に洗練された力ある生命体。だから、ゾイドは美しい。その美しいゾイドを人間風情が使役したり、相棒だなどとぬかすのは罪だ。私はその罪を裁く。そして敗北を悟らせる。ゾイドと人間の力の差を思い知るがいい。ゾイドと人間は対等にはなれない。お前達はゾイドを兵器として使役することも、相棒にすることもできないのだ。本来はな」
 「ふざけんじゃねえ!お前も人間だろうが!勝手なことをいいやがって!」
 男はニヤリと笑う。
 「私は人間ではない。私はゾイドだ」
 「おしゃべりはおしまいだぜ。さっさとジークドーベルに乗れ」
  自分でも意外なほど、静かな押し殺すような声だった。
 突然、男の姿が光に包まれ、光球となって空高く舞い上がる。そして、その光はジークドーベルに吸い込まれた。ジークドーベルは、眼に凶暴な紅い光をたたえ、低いうなり声をあげる。まるで、オーガノイドが、ゾイドに合体するのと全く同じ光景だった。
 驚愕のあまり、声を失うアーバインに男の侮蔑するような声が、通信機から流れる。
その声は明らかに人間のものではない。まるで、機械音のような声だった。
 「驚いたかね。さて、お前を滅ぼすことにしよう。もっとも、お前とそのゾイドは今まで滅ぼした奴の中では、骨のあるほうに見えるがな」
 「てめぇ…」
 アーバインはジークドーベルを見据えた。ジークドーベルの背中から、バンのブレードライガーによく似たブレードが展開される。ブレードは微粒子をまとわりつかせ、金色の輝きを強めていく。とても、火器だけで倒せる相手ではない。スピードは互角。だが、正面からぶつかれば、パワー負けは否めない。逆に下手に回り込んだり、左右を高速ですれ違って間合いをとろうものならブレードで真っ二つにされる。
 二体の漆黒のゾイドは微動だにせず、にらみ合う。双方から放たれるすさまじい殺気のみが、この場の均衡を成り立たせてた。不意に一陣の砂塵を含んだ熱風が吹き抜ける。
 その瞬間、二体のゾイドが全く同時に動いた。二つの黒い影が白熱した太陽光をバックに空中で交叉する。
 アーバインは敢えてLサイクスをジークドーベルより低くジャンプさせ、その位置から絶妙なタイミングでブースターを全開にした。そして、ジークドーベルの下をすれ違いざまに、胸部をストライククローで抉る。少しでもタイミングやバランスを間違えれば、あえなくジークドーベルの牙にかかる。高い技量をもつアーバインならではの戦術だった。
 「亡霊は墓場に返りやがれ!」
 先手をとったせいで、Lサイクスも奮い立つ。アーバインは鮮やかにLサイクスをターンさせ、再びジークドーベルに向き直る。
 だが、ジークドーベルは枯れた大地に倒れていた。あの程度のダメージで戦闘不能になるほどのゾイドではないはずなのに。
 「残念だが…時間だ…もう、終わりだ。せめて、お前だけでも倒したかった」
 男の掠れた声がアーバインの耳にとどく。アーバインはLサイクスから降り、倒れたジークドーベルの側に駆け寄る。ジークドーベルの黒い装甲が輝きを失い、次第に石化していく。ジークドーベルから男が放り出されていた。男の体も半分、石化している。
 アーバインは目の前の石化し、死に行く男を見つめた。
 壊れたテープレコーダーのような途切れ途切れの男の声は、その生命の火が、もう長くはないということを示していた。
 「ゾイド乗りはな。結局のところ…人間を捨て、ゾイドになりたいのさ。お前も…いずれ、私と同じようになる……」
 「ならねえよ。お前のようには」
 「どうだかな……」
そこまで言うと、男は嘲笑を顔に張り付かせたまま、完全に石化し、こと切れた。
 アーバインは相棒を見上げる。
 果てしなく広がる青い空と白い砂漠。ともすれば、茫洋としたその光景の中で、黒い影を落とす相棒、Lサイクスだけが、自分にとって確固とした存在のように思えた。
 「なあ、あんちゃん。まだ寝ないのか。貸し切りとは言ったけどよお。徹夜はごめんだぜ」
 マスターが大欠伸する。
 アーバインは、今日の戦いの話を何度でも聞きたがる少年が、ようやく寝静まった後、酒場で一人、グラスを傾けていた。琥珀色の液体をちびりちびりと舐めるように味わって飲む。ストレートのウィスキー。酒は旨くもなくば、不味くもない。いかにも辺境の酒の味だった。大騒ぎしながら飲むより、一人で飲むの方がアーバインの好みだった。
 掌の黒い宝石を見つめる。これが、マスターからの報酬だった。「黒輝石」と呼ばれるこの宝石はかなりの値打ちもので、高く売れることは間違いない。報酬の現物支給は、本来なら断る主義だったが、今回は「おふくろさん」の紹介ということもあり、受け取った。酒場の淡いランプの火をうけ、黒い煌めきを放つ石は、あのジークドーベルの破片にも思えた。
 あいつも、ゾイド乗りだったのだろうか。どういう手を使ったが知らないが、オーガノイドのような力を手に入れ、ゾイドになろうとした奇怪な男。
 ゾイド乗りはゾイドになりたがっている。
 あの男が、言っていたことも一理あった。確かに深い部分のゾイドの意志は、ゾイド乗りと言えども、結局は、よくわからない。だが、同化などしてしまったら、それこそ本末転倒のような気がする。人間は人間、ゾイドはゾイド。違うものが関わり合うことではじめて、そこに何かが生まれるのではないか。理解や信頼という一通りの言葉では言い切れない、言葉を超えた何かが。
 ふと、店の隅に目をとめる。細々とした日用品を並べた机がある。酒場は雑貨屋も兼ねているのだろう。すでに黄色く変色した手紙用の封筒が積み重なっている。
 「ここに、郵便はくるのか」
 「ああ、くるよ。月に一度だけどよ」
 手紙でも書いてやろうか。
 バンとフィーネは今ならば、まだレッドリバー基地に駐留しているはずだった。幻のゾイド、ジークドーベルとの一騎打ちは、どこかの酒場で話そうものならば、ほら話と思われるのが関の山だが、バンならば、目を輝かせて耳を傾けるだろう。出会った頃そのままの瞳の輝きで。
 だが、思い直す。
 いや、手紙なんて、やっぱり柄じゃねえな。
 ゾイドを相棒とし、旅をするゾイド乗りであるのならば、一度、別れても、また、どこかで巡り会える。バンにも、フィーネにも、ムンベイにも、そして、この町で出会った少年にも。
 今度会うときも、青い空の下だ。
 アーバインは、グラスの底に僅かに残ったウィスキーを飲み干す。
 静かな酒場に、古い柱時計が、いやに大きな音を響かせた。         END

解説 
 ゾイド、ジークドーベルは旧ゾイドで発売されていたゾイドで、その名の通りイヌのドーベルマン型でした。単四電地で動き、Lサイクスと同じくらいの大きさだったと記憶しています。今では公式ファンブックのカタログや、ゾイドバトルカードの帝国軍憲兵隊カード(自分で言っおいて何ですが、カードは集めてないんで、間違っているかもしれません。すみません)で僅かに往時の姿を偲ぶことができます。衰退期のゾイドなので多分、復刻されないでしょう。ちなみにジークとは何の関係もありません(笑)