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writer:桜崎悠さん
category : ZOIDS小説

見上げた空には厚い雲がたちこめ、まるで世界が終わるようだ、と少女は思った。
涙が気付かぬ内に溢れてきて、零れ落ちるのを止めることもできない。
乗せてくれている青いオーガノイドの背に、それは不安定な円をいくつも描いた。

眼下では、彼女が初めて「心」を許した少年が、たったひとりで戦っている。
かつて魔獣とも呼ばれた真紅の機体に乗って。
3体のジェノザウラーに囲まれた彼は苦戦を強いられているようだ。
視界が歪む。また涙が溢れた。

少年の心配よりも、少女は止まらない終焉への諦めに感情を翻弄される。

「もう…やめて」
掠れた声で誰にともなく呟く。言葉と共に零れ落ちる涙。
戦うことなど、既に無意味なこと。
ゾイドイヴは発動してしまった。
穏やかな表情の像から発せられている眩い光。
それはデスザウラーを復活させる悪魔の光だと少女は苦々しく思った。
「世界は終わってしまうのだから…」
少年は苦しいだろうか、と思い俯く。

「そんなことはないわ」
声に振り向くと、そこには金髪の少女。
紅い瞳は穏やかな色を浮かべている。両手を広げて、彼女を招いているように。
青いオーガノイドは、そちらへと引き寄せられるように飛んでゆく。
瞳を涙で一杯にした、青い髪の少女を乗せて。

「この世界も終わってしまう」
リーゼはもう一度繰り返した。目の前の少女は静かに首を振る。
「いいえ。終わらせはしない」
「何が出来るというんだ? 君に・・・エレシー」
彼女の名前を呼ぼうとしたリーゼの唇を、人差し指で止めて少女は微笑う。
「私は、フィーネ」
「・・・・・」
フィーネはリーゼをそっと抱きしめる。

「人間は古代ゾイド人と同じ過ちを繰り返した・・・いや、それ以下だよ。自分たちが作り出した文明でもないのに・・・それを上手く利用できずに・・・滅ぼされてしまうんだ」
「ゾイドは利用するためのものではないわ」
「理解ってる! だから古代ゾイド人も、人間も滅んでしまうんじゃないか!」
「滅びはしない」
フィーネは、つ・・・と空を見上げる。リーゼはフィーネの腕から解放されると、彼女につられて空を見上げる。
そこには、灰色の重そうな厚い雲が。

しかし、リーゼにはフィーネが雲の向こうの青空を見ているように見えた。

正面から見つめ合ったとき。フィーネの瞳には優しい光。
「大丈夫よ」
「何が」
「人は・・・奇蹟を起こせるの」
「はっ、笑わせてくれる!」
リーゼはつき合っていられない、というように足下へ向かって吐き捨てる。下に向けた視線は、まだ戦っているジェノブレイカーを捉えた。
「・・・バカなんだよ・・・人間なんて」
小さく口の中だけで呟いた。黒髪の少年を思い浮かべて。

フィーネは続ける。
「確かに古代ゾイド人は過ちを犯し、滅んでしまったわ。でも、完全に滅んだわけではないでしょう」
「・・・・僕たちがいるってこと?」
少女は皮肉な笑みを唇だけを歪めることで形作る。
「ええ」
「僕たちは、ここにいてはいけないんじゃない? 人間とは違うんだから」
「私は・・・自分を他の人と『違う』と思ったことはないわ。私はバンや、みんなや・・・リーゼ、あなたとも同じ。生きているんですもの」
「な・・・に言ってるんだ? お前」
「生まれてきていけなかった魂なんてない、ってこと。あなたも私も、ここに生まれてきてよかった」
「・・・」
「よかったわね」
フィーネは笑う。ゾイドイヴの光を背にして。
まるでフィーネから光がさしているようだ、とリーゼは眩しさに眼を細めながら思う。
「でも・・・ゾイドイヴは発動してしまった。もう取り返しはつかないんだ」
「私は信じてる。確かにゾイドイヴの力は使い方によっては正義にも悪にもなるんだわ。・・・でも、ゾイドを動かすのは『人の心』。・・・だから・・・きっと大丈夫よ」
「その『だから』はどこからくるんだよ」
「『人は奇蹟を起こす力を持っている、だから』よ」
「・・・奇蹟・・・ね」
莫迦莫迦しい、とリーゼは思う。
「願えば、きっと叶うわ。私はバンを信じてる。絶対に大丈夫」
強い、と思う。フィーネから感じる強さ。この少女は愛情や信頼に囲まれて、ここまで歩いてきた。
それ故の自信。・・・そう思うと、また胸がいっぱいで苦しくなる。

「止めてしまえばいい。ゾイドイヴを」
思いつめたようにリーゼが言うと、フィーネは金髪を揺らす。
「いいえ。最後まで私は諦めない。バンも諦めていないから」
「あいつを信じているから?」
「バンを信じてる。そしてみんなのことも・・・自分のことも信じてる」
「僕にはわからないよ」
目の前の少女の素直さが眩しすぎて、自分の胸が痛くて、見ていられずにリーゼは背を向ける。
その背中を、静かにフィーネの声が包む。

「私たちはここにいていいのよ」

思わず、振り返ってしまう。
「僕も・・・・・ヒルツも?」
「ええ」
フィーネは金色の光に包まれて微笑む。
また涙が浮かんでくる。もう止めようとも思わなかった。

ここに いても いいの

ずっと欲しかった言葉。
生きていることが辛かった。
苦しかった。
どこにいても、誰といても、自分の存在が希薄だった。
リーゼは子供のように泣きじゃくっていた。
フィーネは微笑むと、もう一度リーゼを抱きしめる。
優しく、包み込むように。
その顔に浮かぶ穏やかな笑顔は、まるでゾイドイヴのようだ・・・と涙に濡れた頬をフィーネの肩に乗せて、リーゼは思った。


かみさま


わたしも


しあわせを ねがって いいのですか