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writer:冴咲涼夜さん
category : ZOIDS小説

月が射し込む窓辺に座りフィーネはオルゴールを開いた。


私はオルゴールを隠し持っている。
かたく蓋を閉じられたそれを。
例えば月の夜にそっと開いてみる。甘いような切ないような音が一つ、一つ闇に溶けては消えていく。私の音が、想いが・・・。

金属の鍵盤が震えて奏でる音は、ひどく私と重なった。
いつからだろう、この気持ちに気づいたのは。
あの瞳を意識するようになったのは。

はあぁ。
月を見ながらため息をつく。
「何でこんな風になってしまったのかしら?」
人を信じる気持ち、愛する気持ち、色々な感情が私の中に生まれた。
それは素敵な事・・・・・・、だったはずだった。
人を好きになる事は素直なこと、たのしいこと、しあわせなことだったはずだった。
それなのに、痛い。
この痛みは何なのだろう。痛みの素は他でもない私の心なのだ。
私はこの痛みを消す方法を知らない。

はあぁ。
また音にならないため息をつく。
こんなことなら知らない方が良かったのかもしれない。
弱気が胸を襲う。
誰にも言えないこの気持ち。
誰かに言いたいこの気持ち。
―――――――――――――――苦しい。そして熱い。

バンは大好きだ。
失いたくない。バンは私にたくさんのものをくれた。
バンも私を想ってくれている。

でも、。

アーバインのやさしさに気が付いてしまった。
アーバインの優しさは、目に見える事じゃないの。
いつのまにか守られていた、いつのまにか思われていた、
と、後で気づく事が多い。だから感動するのかもしれない。
さりげないやさしさに惹かれていく自分が怖かった。
バンが好きだからこそ後ろめたかった。
自分の中で、日に日に溢れていくアーバインへの気持ち。
見て見ぬふりをするのは限界だった。

やさしさは、時に残酷な刃となる。
乱暴な言葉使いで、不器用な発言をする彼だが、その裏にあるやさしさ。
それは、私を良い意味でも悪い意味でも傷つける。

アーバインがやさしければやさしいほど、それが目に見えぬものであればあるほど
心に『ふしあわせ』と『しあわせ』が同居する。

そおっと、「アー、 バイン」と呟いてみる。
胸の奥がギュウウとなって、あたたかくなるのがわかる。
胸の一番やわらかい部分を、指で触られたみたい。自分が自分でなくなっていくみたい。
――――――――――――――――――――どうしよう。
自分の中の止められない感情に、ただただ困惑する。

ある日、自分の中にあるもう一つの気持ちを意識するようになって以来
彼の姿を視線が追うようになった。
視界に入る彼の姿、たまに目が合うと私の鼓動は変になった。
そんな時、私はどうすれば良いか分からなかった。
視線が絡み合うと、心は痛かった。甘酸っぱさではない。
チクリ、チクリと胸が痛むのだった。
本当に心があって針を刺される気持ち。

初恋はかなわない、これってムンベイが教えてくれたんだわ。

遅すぎた初恋。
アーバインへの気持ち。まさか、アーバインのやさしさに、今となって気がつくなんて。
まだ子供だった。目に見えないやさしさに惹かれることなんてなかった。
バンが初恋だと思っていたけれど、それは違うわ。
ずっと前からアーバインのやさしさに触れていた。



「初恋はね、叶わない運命って言われるもんなんだよ。」
「えっ?」
「バンが初恋でしょう、よかったね、フィーネ。
 まっ、わたしゃ、運命だとか、迷信とかは信じないけどさ
 一応、乙女だから気になったりもするのよ、特にあんた、フィーネの場合はね。
 幸せになって欲しいからさ。」
「あ、ありがとう、ムンベイ。」


「ムンベイ・・・。ごめんね。」
「私、私どうやら・・・。初恋はやっぱり叶わないみたい・・・。」

つぶやいて隣にいるムンベイの寝顔を見る。
ムンベイは相変わらず、無邪気顔でまどろみの中だ。
どんな夢を見ているのだろうか。フィーネは気になった。
その寝顔は可愛らしく、日頃の強さは影を潜めている。
太陽の日差しをいっぱいに浴びた干草のような匂いを持つ彼女。強さを持つ彼女。
ムンベイの悲しむ顔は絶対に見たくない。
その眩い瞳から、涙が零れるのを。

「ムンベイ・・・。ごめんね。」

もう一度繰り返す。さっきとは違う思いを込めて。
月明かりが彼女の頬を照らす。その光景を眺めていた。

私、アーバインを好きになっちゃった。
ムンベイの気持ちを知っていたのにね。

まだ、何も知らなかった時無邪気に聞いてしまった・・・。解ってしまった。
その無邪気さが残酷な発言だったと後悔している。
知らない方がよかったとも後悔している。

「ムンベイ、好きってどんな気持ち?」
「うーん、難しいねえ。」
「ムンベイ、私の事好き?」
「もう大好きだよ。フィーネは、だーいすき。」
そう言いながら力強く抱きしめてくれた。腕からムンベイの体温が伝わった。
「バンは?」
「あの子の真っ直ぐな所も好きだよ。ジークもね♪」
「じゃあ、ムンベイ、アーバインの事好き?」

一瞬空いた沈黙。

「あ、あいつ!?あいつは金持ちじゃないし、顔もね~、ま、使える奴だけどさ」
首に絡みつくムンベイの腕の体温が上がる。彼女の心臓の音が聞こえるんじゃないかと思った。
その時は、まだ何でなのかは知るよしもなかった。

私やバンと同じ好き。なのにアーバインだけ違う好きなんだね、ムンベイ。
そうでしょう?

今なら、ムンベイの純情さがよくわかる。
あの時の照れ隠し、思ってることと態度がちぐはぐな彼女。
本当に愛してるのね、アーバインを。
お姉さん的な彼女を、そこまで子供っぽくしてしまうぐらいなのだから。
普段アーバインの目の前では、普通に振舞っている。気丈に振舞ってるだけに
そのギャップが微笑ましくて、ムンベイも女の子なんだなあ、なんて変な感慨が湧いてくる。

ムンベイの気持ち。
はっきりとは口には出さないけれども、
彼女も、自分の中でアーバインへの気持ちをあたためている。秘めている。
ムンベイも私と同じく彼のやさしさに惹かれたのだろうか。
好きと言って、今の関係を壊すのが怖いのだろうか。

「ねえ、教えて。」 と呟く。

アーバインといるムンベイの表情は豊かだ。綺麗だと思う。
応援したくなる。幸せになって欲しい。
同時に込み上げる痛い感情。心の影の感情。
この気持ちは何?嫌。自分の中にわき上がる黒いシミ。

アーバインをとられたくない。

これが、、、、嫉妬?!

ムンベイが好きだからこそどうしようもない。さらに悩む。
いっそ、彼女を嫌いになれればどんなに楽だろうか。
その前にアーバインを好きにならなければこんなことにはならなかった。
また、ムンベイの所為にする自分を嫌いになる。
アーバインを本当に好きなのかな。バンを本当に好きなのかな。不安にさいなまれる。
私の心は、空っぽでは無くなったけど、汚れている。

「私もアーバインが好きよ、ムンベイと同じくらい。」

と言ったら、ムンベイは私に嫉妬するだろうか。
私がムンベイに嫉妬し、そんな自分が嫌いになるように
彼女も、私に嫉妬し、そんな自分を嫌いになるのだろうか。
あの瞳が曇るのだろうか。

そういう事を考える私の心。
アーバインのやさしさに触れると自分を恥ずかしいと感じる。
そして、私はたまらない気持ちになる。
うれしさとかなしさ、快楽と嫌悪、叫びたいほどの満ち足りた感じと羞恥の相反する気持ちが胸で暴れ回る。

この気持ちは裏切りだろうか。バンに、アーバインに、ムンベイに・・・。それとも私に。

胸が痛むのは想いを言葉に出来ないから。
痛みはアーバインを想う事への代償なのだ、きっと。
バンへの裏切りと、ムンベイへの裏切りの代償。
自分へ嘘をつく刻印。

バンを嫌いになった訳ではない。
けれど、不安なのだ。
私が古代ゾイド人でなくジークがいなくなっても、バンは私を愛してくれるだろうか。
バンは、いつもゾイドを見ている。ゾイドを愛するから私も愛するのだろうか。
もし、ゾイドの旅でなければ、私は愛されなかったのだろうか。
バンが真っ直ぐゾイドを愛するのを見ているのが好きだった。
バンは成長と共に、なんだか変わってしまった気がする。遠くへ行ってしまった気がする。
ゾイド無しの私には何が残るのだろう。

そんな中、アーバインのやさしさが入ってきた。

アーバインを見ているだけで、私は、昔の、恋をまだ知らない頃に戻れる気がした。
好きな人を想うだけでしあわせになれたあの頃。あの頃の私は、私が私を好きだった。
あの人に恋する自分も好きだった。

私の中に色々生まれるにつれて、どんどん色々なものが増えていく。
何も知らなかったあの頃は、好き、嫌い、嫉妬、そんな事覚える必要が無かったのに。
私はあきらめる、好きになる事を。いや、もう好きになっている。
あきらめるのは何に対してだろう。

こんな気持ち知らなければ怖くなかった。
知りたいこと、知りたくないこと、それはいつも同じだけ私を悲しくさせる。
知ってしまったこと、それらはもう忘れる事が決して出来ない。
まだ知らないこと。それはたくさんある。
いつか知らなければならないこと。

私はあの頃の、何も知らない私じゃない。
好きと言う気持ち、誰かを愛する気持ちを知っている。
それは綺麗事だけでなく、美しいだけでもないと言う事を。

自分の心にどう向かい合えば良いのか。
何も無かった私の心。今は様々な感情が溢れかえってる。

あなたを思うとうれしい。あなたを思うと苦しい。

バンとアーバイン両方好きなのは間違っている。
人を好きになる想いが、素敵なのと同じだけ私の心を汚していく。
好きになる気持ちが醜さも生むなんて・・・。

ムンベイはもうこんな当たり前の事を知っているに決まっているね。

私は、まだ知らないことがこんなにもある。
そして知るためにはたくさんの痛みに耐えなければいけないのかもしれない。


嫌われるのが怖い?とられるのが怖い?そう思う自分が怖い。
愛されたい、愛したい。
自分の中の好きという感情。それぞれ違う好き。
なのに、それは、「好き」「愛してる」としか言えない。

どきどきするのと一緒にいて安らぐ人。同じ好きなのに、違う。
どっちが本当の好きなのだろう。
好きって愛すると言う事が、まだよく解らない。
どちらも好きなのに違う。
好きという感情がわからない

アーバインは、どきどきも、やすらぎも両方持っている。
けれど、あの人は素直じゃない。

私は自分の心を恥じているけれど、
アーバインを好きな気持ちを恥じてはいない。
後悔していないと言ったら嘘になるけれど、後悔もしていないわ。

ムンベイは言ったよね。

「そうだよ、フィーネ!女の子はね、好きな男の子の前じゃ、笑顔になるもんなのさ!」
「ジークだってそうだものね?」
「・・・・・・・・・・・・・いや、フィーネ、好きってのはそうじゃなくて・・・」

私、笑えてないよ。それどころか泣き顔だわ。
ねえ、ムンベイ、好きな男の子の前でなんか笑えないよ・・・。
罪の意識を抱き、決心した。強く。
この想いを消そうと。アーバインは仲間。それ以上でも以下でもない。

―――――――――――――――――――――ダメだった。

簡単に消えるものでも、ましてコントロール出来るものでもない。
自分の中の感情は自分のモノである筈なのに、自分の意思通りいかない。
ううん、本当は意思通りなんだ・・・。
この想いを消したくない。だから想いを抱いたままひた隠そう。

私は、言葉を飲みこんだ―――――――――――――「好き。」

「好き。」
そう言いたかった。
私は、その一瞬の為に全てを壊せるぐらい強くない。

夜がいつまでも終わらなければいい。
すっとオルゴールを聴いていたい。時間を止めて一瞬の中に逃げる。
アーバインに気持ちを告げる瞬間、時が止まればいいのに。

言ってしまえばどんなに楽だろう。
彼は戸惑うだろうか、やさしい目で私を見てくれるだろうか。

右眼のギミックの下で、私の心は見透かされている。
黙ってやさしく笑いかけているのかもしれない。
嫉妬も愛情も包み込んでくれる。
勘の鋭いアーバイン気づいてるかもしれない・・・。

そんなわけない・・・。
軽い希望と深い絶望。

でも、反対に全てを壊してでも強引に連れ去ってもらいたい。
アーバインに全てを奪ってもらいたい。
彼はいつも受身。
彼の心の中に例えわずかでも私の部分があって欲しい。
私の中では、アーバインがどんどん大きくなっているのに。

私に「愛する事」をつらぬく勇気がないからこの気持ち、自分の中で蓋をする。
バンとの関係を壊す気もないし、友達関係も壊したくない。
後々何も残らないし、なんにもならない。
これら全部をわかってて踏み込めない。

オルゴールの音色と共に閉まっておこう。

人には言えない胸をしめつける恋の存在。
過去形でも、現在形でも、未来形でもない、オルゴールが響く時間だけの恋。
そんな気持ちを抱えていても良いんだって言って欲しかった。それで救われる。

ムンベイは恋愛の色々を教えてくれた。
移動中、旅の間彼女は私の感情に彩りをつけてくれた。

「ムンベイ、好きってどんな気持ち?」

寝ている彼女に問いかける。
今、もう一度、あの時と同じ質問をしたい。
この気持ちを、バンに、アーバインに、ムンベイに知られると思うと狂いそうなぐらい怖い。
が、全て言ってしまいたい衝動に駆られる時もある。
隣で寝ているムンベイにこの事を告白したら、彼女は何て言うのだろう。

笑って、

「バカね。」

って言ってくれるだろうか。
彼女は、もうこういう気持ちを体験しているのだろうか。

泣きたいくらいに痛くて、心地よい。
角砂糖が崩れるように。オルゴールの音色が響くように。
オルゴールの音色は悲しさを持つ人をひきつけるらしい。
私の恋。想ってはいけない人。

金属の櫛歯が弾かれる。音が放たれる。

いつか旅が終わった時去っていくあの人に少しでも私を覚えていて欲しい。
それだけでいい。
遠くから見つめられたら、ただ、それでよかった。
束縛はしたくなかった。彼のやさしさに触れていたかった。
そのオルゴールを別れる日に渡そう。

「ああっ?ンなもんいらねえよ。」
彼はこう言うだろう。
だけど、頼めば照れたように貰ってくれるはずだ。

彼が、この音を聴くたびに私を思い出してくれたら・・・。

ゼンマイ仕掛けの曲を奏でる小さな装置。
決して表に出せない私の好きな気持ちを記憶の中に再現させたい。凍りつかせたい。
この曲の旋律が流れる時だけ、彼を想うことぐらい許されるはずだ。

私の心の中に彼を刻みたい。
彼の心の中に私を刻みたい。

旋律の途中で音が止まった。

私はオルゴールを隠し持っている。
かたく蓋を閉じられたそれを。
例えば月の夜にそっと開いてみる。甘いような切ないような音が
一つ、一つ闇に溶けては消えていく。私の音が、想いが・・・。
そして、朝焼けの濃紺の空とともにそっと蓋をして鍵をしめる。

~Fin.



『おまけ』
(SideA)
夜風に乗り何処からかオルゴールの音が聞こえてくる。
月を見ながらアーバインは、その切なげな音に耳を傾けた。

「・・・・・・チッ。悲しげな音だな。感傷的になっちまうぜ。」
そして詩を口ずさむ。

~悲しい調べ乗せて夜はふけていく、心の扉を叩いてくれないか~
妹が好きだった曲だ。その妹はもういない。
妹の口癖。

「お兄ちゃん、素直じゃないんだから。もっと素直になった方が良いわよ。」
「うっせえ、どこがだ!!!  オレは素直だよ。」
「そこがよ。そんなんじゃ、掴めるしあわせも掴めないわよ。」
「いいんだよ!どうせオレはしあわせにはなれねえんだ。
 でも、お前はしあわせにしてやるから、心配すんな。」
「心配しているのは、あたしよ、お兄ちゃん。あたしだって、もう子供じゃないんだよ!」

―――――――――――――――――――――素直じゃない。
わずかに漏れる苦笑。確かに。オレは素直じゃねーよ。
相変わらずだ、エレナ。お前の声が聞こえる気がするよ。

フィーネ。
あの無邪気さに振り回されっぱなしだ。
今朝のコーヒーのことでも・・・・・・。
面倒くさい。ガキのお守はバン一人で十分だ。
それでも、その面倒くささが、ちっとも嫌じゃない。
オレは、フィーネに妹を重ねちまっているのか。顔も性格も似ていないのに。
それとも・・・・・・・・・。

昼間の会話を思い出す。

「好きなだけじゃダメな事ってあるんだぜ。」
「何で、好き同士なら・・・・・・」
「フィーネも大人になると分かる。お互い好きでも、
 愛し合っていても結ばれない恋もあるってことに。」
「アーバイン!!!余計な事を吹きこまないで!!!」
「おっと・・・。ムンベイはフィーネの事になるとウルサイからなあ。」
「フィーネ、あいつの言う事は信じちゃダメだからね。」
「・・・うん」

白は痛い。眩しい、触れてはいけない。
純粋な白色のような彼女が好きだった。純粋過ぎて汚れやすく痛い。
オレが触れると汚しちまう。白を汚すのは嫌だった。
白いフィーネを汚していく自分。
バンのように受け止める事は無理だ。
それでも、無茶苦茶に汚したいという葛藤に苦しむ。

もう、妹のように誰も失いたくない。
コマンドウルフの様にも。
だから心を許す、愛する相手を作らない。
そうすれば失う事はないんだ・・・。

なあ、エレナ。そうだろう。

もう一度、オルゴールの音色に耳をすましたが聞こえなかった。
犬の遠吠えが聞こえた。


(Side B)

夜中、トーマは耐えられず外に出た。
そして叫んだ。
「フィ~ネさ~ん!!!おおおおっ!!!メガロマックスファイヤー」
まるで・・・・・・。



Side Fin.