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writer:白さん
category : ZOIDS小説

「……まずったよなあ……」
 炎天下の大地、陽炎の向こうを眺めやって、自嘲気味に呟く男が一人。
 その背後に控え、くっきりとした黒い機体で直射日光を切り取っているゾイド一体。
「まずったよなあ、相棒!」 
 少々ヤケが入った様子で頭上をふり仰ぐ男に、低い唸り声が応える。
(こいつはちょい意地の張りすぎってか?)
 彼は暗色の頭を掻き回しながら何度目かの溜息をこぼし、うらめしげに蒼天を睨んだ。

 ことの起こりは数日前……もう一週間近く前にさかのぼる。
 彼、アーバインとその愛機・漆黒のコマンドウルフは砂漠を横断中、水の補給のためにとある泉に立ち寄ろうとしていた。
 砂漠の中の水源。生きとし生ける物にとってその重要性ははかりしれない。もちろん人間にとっても然り。通常ならば、そこを中心にして居住区ができてもおかしくないのだが、彼らのコンビが目指すそこには人の手はまったく入っていなかった。
 どのオアシスからも離れていて、主な道筋からことごとく外れている上、小さすぎるのだ。よく知っている者でなければまず発見することは不可能。そして定住する集団を支えるほどの規模もない。アーバインたちのような「流れ者」……広大な荒野を渡り歩く輩のあいだで、ひっそりとささやかれる程度の「穴場」だ。
 の、はずだったのだが。
 では現在数百メートル先にある天幕の群はなんなのだろう?
(前寄ったときはこんなもんなかったし……“おふくろさん”とこでもこんなハナシ聞いてねーよな)
 この水場が誰かに占拠されたとなれば、真っ先にあの元締めのところへ情報が行くはずだ。
(となると、ここ一ヶ月もしないうちにか)
 蜃気楼の類ではないことも確かだ。なにしろ近づくだけで砲弾が雨あられと降ってくる。もちろんアーバインも彼の相棒も尻尾を巻いておとなしく引き下がるようなたちではないからして、反撃にかかる。相手はゴドスとカノントータス。動きはどこかぎこちなく、両方あわせても片手の指ほどの数もない。楽勝v と思いきや、どうにも調子があがらない。 見ればゾイドはどれも廃品置き場から引っぱってきたような有り様で、砲台も博物館ゆきと言ってもいいほどの旧式だ。その足元を粗末な服を着た女子供が駆けずりまわっているのだから。
(危なくて撃てやしねえよ)
 かすりもしない弾幕をくぐって黒い機体を進めれば、なにやら決死の表情でヤリを構える者あり、いきなりひざまずいて天に向かって祈りだす者あり、そして見え隠れする子供達の影ときた日には。
(……バカバカしくて撃てやしねえよ)
 一番最初に寄っていったときに、そこでガラにもなく引き下がったりしたからいけなかったのだ。きっとそうだ。
 しかしあきらめるのも癪にさわってずるずると同じ事をくりかえし、タンクの中の水だけが減ってゆき……気が付けば今更次の水場までとばしても辿り着く前に乾き死に、という事態にまで陥っていたのだった。我ながらなんという為体だ、と情けなくなってくる。
 もうこうなったら一刻の猶予もならない。力が抜けてようが気が乗らなかろうが今日こそ水を手に入れる! とアーバインが決意を新たにしたとき、ふいに彼の勘をざわめかせるものがあった。
 砂地を伝わる振動。聞き慣れたシャフト音。そして。
「!!」
 愛機の影にすべりこみ、伏せた身体に轟音が響く。
 誰かがゾイドを使って攻撃を仕掛けている。標的は自分ではない。着弾音が遠すぎる。
 顔だけを上げてアイパッチのピントを合わせると、天幕のあいだから煙が上がり、右往左往している人々が見える。
──はじめから。
 獣のように身を起こし、コックピットへと駆け上る。
──俺もこういうふうに。
 先を越されたのはうれしくない。しかしそれだけでは自分はこんなふうに動くはずもなくて。
「ま・助けてやるかァ?」
 気怠げなセリフとは裏腹に、アーバインは待ってましたとばかりにシートに飛び乗った。ベルトを締めながら鋭い視線を周囲に走らせ、敵影を確認する。おそらく、もうすでに自分たちは捕捉されている。
(レッドホーン、一体……それにコマンドウルフ)
 目視できたのはそれだけだ。予想より少ない。砂丘の陰か、それとも。
(砂中か?)
 愛機の微かな緊張感が、その推測の正しさを確信させる。操縦桿を握る手に軽く力をこめ、待った。
 長くはかからなかった。一瞬前まで黒い機体が存在していた場所に着弾の砂埃がたつ。電光石火の跳躍を見せたコマンドウルフの応酬で、砂の中から姿をのぞかせたばかりのガイサックが倒れる。
 新たに二体ばかり現れたウルフ達のアタックを余裕をもってかわし、レッドホーンの砲撃を立ち止まりもせずにやりすごす。数において孤立無援であっても同格の中型ゾイドに負ける気はしなかったし、連続する砂丘と足場の悪さとは重量級のレッドホーンには不利、こちらには有利にはたらく。おまけに彼は(したくもなかった・あくまで予定外の)長期滞在でここらの地形はぼ把握済み、だ。油断は禁物、と自分に言い聞かせながらも、アーバインは溜まっていた鬱憤を晴らすためのやつあたり的戦闘を開始した。
「水だ水っ!! とにかくミズ!! 水もらうまではなんの話もきかねーからなっっ!!!」
……とまあ、戦闘中にある程度は混乱のおさまったらしい集落へと愛機を乗り付け、開口一番に怒鳴り散らし、泉まで道を開けさせたはいいのだが、遠巻きにただじーっと見つめられているというのもかなり落ち着かない。襲いかかってくるような気配はないが、なにしろ正体不明の集団である。何が飛び出すかわからない。
 タンクに残っていた古い水を捨て、新しく詰め替える作業が大体終わった頃、ようやく人影が近づいてきた。べつにわざとではない仏頂面で、アーバインはつらつらとその人物を観察した。無遠慮は百も承知である。相手が特に気にするふうもなく一風変わったかたちで礼を取るのを受けて、しぶしぶ軽く頭を下げた。
 頭髪も髭も白いが、老人と言うのはそぐわないような気がした。背が高く、頑健な体つきをしていて、姿勢も眼光も真っ直ぐだった。なんとなく気圧されるものを感じて、アーバインは苛立ち、荒々しくレバーを戻した。
「先程は危ういところを助けていただいた。感謝している」
「……俺は水の補給に来ただけだ」
 ぶっきらぼうな答えに、この集団の代表らしき男は鷹揚に頷き、うしろの人垣に向かって呼びかけた。
「レビ」
 進み出てかろやかに一礼する娘に、男は「案内を」と申しつけ、そのまま去っていった。
「おい……」
 さすがに狼狽するアーバインを残して周囲の人垣も波が引くように散っていった。
 いったいなんだったんだと面食らったふうの彼を無表情で眺めていた少女も、くるりと背を向けて歩き出す。
「あっ、おいっ!」
 てめえまでどこ行きやがる、と声を上げかけると、五,六歩先で相手は振り向いた。
「来ないの?」
「……行きゃぁいいんだろ行きゃぁ」
 あからさまに投げやりな態度でもとりあえず同意ととったか、少女は表情を消したまま、再開した歩調に黒髪を泳がせた。
 あちらが会見の幕屋、家畜はむこう、と表情に見合ったそっけない説明を聞き流して、アーバインは自分の質問を切り出した。
「おまえら、いつからここにいる?」
 遮られたかたちになった話し手は、相変わらず何の感情もこもっていない──そのくせ妙に力を感じさせる眼差しで彼を一撫でしてから答えた。
「二週間と一日前」
「どっから湧いて出た」
 ずいぶんな言い様に気を悪くしたというより、質問によって呼び起こされたなにかを味わうように沈黙して、少女はゆっくりと口を開いた。
「……あたし達は、ずっと砂漠を旅していたの。唯一のお方に従って、長い長い間、何代にもわたって……あたし達だけのための安住の地を求めて。そしてとうとうここに辿り着いたの。契約に従って……“我等の約束の地へ”」
 セリフが進むにしたがって情感を滲ませはじめた様子の少女を眇め、なんだよやっぱ神懸かり集団かよとアーバインはしらけた。通常の共同体で感じるよりもはるかに濃密な居心地の悪さ。同じ価値観を持つ者達特有の、無言の連携の重さ。
(まてよ、でもあれは疎外するって感じじゃなかった……)
 むしろ、絡みつくような“品定めの眼”。これは──
 頭を一つ振って背筋に這い寄りかけた冷気を追いやり、言葉をつなぐ。
「……ここ、危険だぜ」
 なにしろまっとうでない者「だけ」しか利用していなかった場所である。自分然り、さっきの対戦相手然り。
「どうして?」
 余裕を持って問い返してくる相手に、どーしてってなあ、と苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。
「ここはあたし達に下された土地だもの、そう決まっているの。何を恐れることがあるの?」
「……誰が決めたんだよ」
「決めたんじゃない、“決まっている”の。あのお方とあたし達との約束なのよ」
「神……とか?」
「外のひとはそう呼ぶかも知れない。でもあなたはもうそんなふうに呼んじゃだめ」
 黒く底光りのするような瞳に軽く睨まれて、これか、と思う。
 自分を捕らえようとするもの。ねとつくシンパシィの檻。
「俺はおまえらの仲間じゃない」
 やっとそれだけを言い返す。
 集団が生き延びる為の策としては藁よりはまし、といったところだろう。今日の騒ぎで彼らのゾイドは壊滅状態だ。目の前でそこそこの実力も披露してしまった。護衛を雇うことも、新しいゾイドを手に入れることも容易ではなさそうな、貧しげな様子。打算的に考えても──否、狂信的な思考回路でもって神の思し召しだの言い出されかねない。
「用心棒が必要ってんなら報酬次第で相談に乗ってやっけど」
 無理矢理にでもペースを回復しようと口を動かす。
「俺は水汲みに来ただけだからな」
 いつの間にか、二人は水辺に戻って来ていた。
 嫌悪感や不信感をあらわにしたアーバインの言葉を、少女は目を伏せたまま黙って聞いていた。隠しきれなかった怯えを掬いあげるように顔を上げ、彼をまっすぐに見つめる。
「……大体約束なんてさ」
 対して、そっぽを向いてアーバインはまくしたてた。
「ニンゲンとの間でだって信用できたもんじゃない……そんな、見えも聞こえもしない奴と契約だのなんだの──おまえら絶対おかしいって」
 そんなふうに縋るのは。
 疑いもなく信じて小さな世界で生きてゆくのは。
「あたし達にだって、あたし達のための場所があったっていいはずだわ……そうでしょう? なぜそれがここであってはいけないの」
──俺にだって、俺を迎えいれてくれる場所が、きっとどこかに。
 声が弱まっていくのは、妄信が強くなってきているから。だから。
「俺はもう行くぜ」
 黒い瞳がぎり、と光を放つ。
「どこへ?」
「さあな」
 ぐずぐずしていたのは特に急ぐ仕事がなかったからだ。仕事がないということは要するに仕事を探さなきゃならないというわけで。自分も相棒も霞を食って生きていくことは出来ず、空砲を撃つわけにもいかない以上、早急に飯の種をつかまえる必要がある。とんだ道草をくらったものだと思うと、この集落に足を踏み入れたときから低空飛行だった機嫌が一挙に傾いた。
「あなただって、泉を離れては生きていけないでしょう」
 意味不明なくせに理屈ではないところで通じ合ってしまいそうな、そしてそうであることを決めつけるような口調が一層神経を逆撫でする。
「水場なんか他にもある」
 つきあってられるか、とすでに愛機へと大股で歩き出した彼の背に投げかけられた最後の問いもことさらに無視して。
「待って、あなた……」
──俺は、もうどこにも。
「……だってな」
「ああ」
 馴染んだ空気。誰も自分の腕だけで泳ぐこと前提の浮き世で、聞くともなしに耳に入ってきた話の断片。
「あの妙な集団が水場に住み着いたってやつ?」
(あ?)
「……の奴がやったってよ」
(まさか──)
 そして今俺はここに立っている。
 半分砂に埋もれたゾイドの残骸。傾いた支柱と食器の欠片。焼け焦げた砂の上に陽にさらされて色あせた片方だけの靴。
 泉だけは変わりなく。
 黒い機体の作る影から一歩、踏み出す。
「だから言わんこっちゃねえ」
 笑おうとした声は、掠れた。
 “約束の地”など、見つけなければ良かったのか。そのままさすらっていたとしても、例えば天幕の夜が、朝の挨拶が、あの大男の指導者の声が、よりどころにはなれなかったのか。
「泉、か」
 生物として必要というだけではなく、自分までもが錯覚を起こすほどのノスタルジィ。呪わしいほど強い帰属意識。
 縛られ囚われるかわりに何もかも許される安息の地。
 今はもう感じない。
──あなた名前なんていうの──
 ああ。
「……おまえの名前、なんてったっけ……」
 確かに聞いたはずなのに、思い出せない。そのことだけを、罪だと思った。