writer:日向麗さん
category : ZOIDS小説
黄砂が巻き上がる無人の荒野を一人の男が歩いている。
身を覆う布は擦り切れて所々汚れていた。胸元でしっかりと裾を合わせるようにしている。目深に被った布の影で男の顔を見ることは出来なかった。
彼の耳に音が届いた。始めは風鳴りかとも思ったが、それは段々と男のほうへと近づいてくる。
近づいてくるゾイドをじっと見つめて、男は立ち止まった。
グスタフはボロ布を纏った男この横に止まった。キャノピーが開き、中から陽気な女の声が掛かった。
「あんた、ここら辺に詳しいかい?」
「いや、この辺りは初めてだ」
興味の薄い雰囲気でグスタフの後方を見ている男は、素っ気無く答えた。
「そうかい。参ったわね、こりゃ」
助手席に広げたままの地図を片手にして前方の辺りを睨むようにする。
「迷ったのか?」
グスタフの積荷を気にしている男が尋ねた。
「まあ、そんなとこよ。ねぇ、本当にこの辺りにフリッジコロニーってところがあるはずなんだけど、知らない?」
あんたに言われたくないわよ、とぼやきながら女は愛想笑いを浮かべる。
「フリッジコロニーならあんたが来た方向に5キロほど戻ったところにあるはずだが?」
簡単なことのように男は言い放った。
「えーっ!?」
女は素っ頓狂な声を上げた。自分の走ってきた道が徒労であったと知って脱力している。
男は忍び笑いを漏らして女に視線を当てた。
「フリッジコロニーといえば結構な村落だ。とすれば、後ろの荷物は生活物資か…」
「そうなのよぅ。でも、あたし、ここの辺り初めてでしょう?」
おどけた様に肩を竦める女は、情けなさそうに笑った。
男は纏っていた布を跳ね除けてその上に積もった砂を払った。
「なんだったら案内してやろうか?」
黒いつなぎ、色褪せた赤いバンダナ、左眼のギミック。不敵な笑みを浮かべた男の顔が顕わになった。薄い藤色の瞳が酷薄に眇められた。
「何、言ってんのよ。さっきこの辺りは初めてだって言ったじゃないの」
「まぁな、だが昨日行ったばかりの街を忘れるほど歳を食っちゃいねぇぜ」
女は呆れたようにため息をついた。
「乗りなよ。何処に行くのか知らないけど、とりあえず今日の宿はフリッジコロニーでもかまわないんでしょ?」
男はにやりと笑って布を荒い仕種で畳んだ。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったわよね?あたしはムンベイ。あんたは?」
グスタフを操縦しながら隣に座っている男に尋ねる。
男は先ほどからキャノピー越しの風景を何とはなしに見つめて一言も喋らない。
元来お喋り好きのムンベイにはこの沈黙は耐えられるものではなかった。
彼はちらりと視線だけムンベイに向けて、また外を見る。
『なぁによ、あの態度。せっかく乗せてあげたんだから、もっと感謝してほしいくらいだわ』
口を尖らせて操縦に専念した耳元にその言葉は届いた。
「アーバインだ」
「えっ?」
彼女はこっそりと彼の横顔を見た。アーバインの姿勢は変わらない。寛いだ風に背を椅子に預けて窓の外を見つづけている。
ムンベイは彼から視線を外し、心の中で呟いた。
「胡散臭そうな男。でもまあ、そんなに悪い奴じゃなさそうね」
運び屋という商売をはじめてさほどの時間が経ったわけではないけれど、元々ムンベイは人を見る眼に自信を持っていた。こんな稼業に飛び込んでからはなおさら鑑定眼に磨きが掛かったように思う。実際に彼女は自分の第一印象を大事にして、何度も助かっている。たまに外れることもあるが、それは彼女の美形好みという悪い性癖によるものだ。
その基準からすれば、アーバインは中の上くらいの分類だろうか?
『ま、何にせよ。この人がいてくれて助かったのは確かだしね』
頑なに黙っている男に苦笑して、付き合いづらそうではあるが使えそうだと踏んだ。
『最初に荒野を一人で歩いている姿を見て、何やら曰くのありそうな奴とは思ったんだけど、ついうっかり声を掛けちゃったのよね。なんだか…、そうね。孤高を気取った犬って感じだったのよね。でもこれは狼を拾っちまったのかもしれないけど』
「おい、止まれ」
ぼそりとアーバインが呟いた。
「え?今、何か言った?」
「止まれって言ったんだ。おい、早く止まれ」
ムンベイが聞き返すのにアーバインは声を荒げる。
彼の剣幕にムンベイは慌ててブレーキを踏んだ。軋みを上げながらグスタフが止まる。まるで文句を言うようにゾイドが一鳴きした。
アーバインは息をつめて前方を見ている。
「一体、なんなのよぅ。びっくりするじゃない」
文句のひとつも言ってみるが、一切アーバインに無視された。
「全く、なんだって言うのよ」
眉を寄せて不機嫌に呟いてみても、彼には通用しなかった。
アーバインは前方を指差して、ムンベイの機嫌に構うことなく言った。
「あそこに棒が見えるか?」
「はぁ?」
「あそこだ」
アーバインはもう一度言った。その様子に相手に理解を求めるつもりはないらしい。
仕方なしにムンベイは彼の言った方向に視線を当てた。
そこには確かに一本の棒が立てられていた。黒い布切れが風にはためいている。
「あの棒が…どうかしたの?」
「あれを大きく迂回しろ」
「はぁ?」
「迂回しろ。いいな」
言いたいことを言い終わってまた椅子に身を投げ出したアーバインは、ムンベイが自分の命令を聞かないとは思っていないようだ。
「ったく、なんだって言うのよ」
もう一度ぼやいてみても、アーバインはなんの反応も返さなかった。
舌打ちをしてムンベイは彼の言うように棒の立っているところを大きく迂回した。
「っち、こんなところにあったとは。随分と遠回りをしちまったぜ」
アーバインの小声の呟きはムンベイの耳には届かなかった。
彼はひたと荒野に突き立てられた棒に視線を注いでいた。
ほどなくして、フリッジコロニーに辿りつけた。
夕闇にぼんやりと浮かんだ生活の灯にムンベイが安堵の息を吐く。
「ああ、やっと着いたぁ」
これでまともな宿屋に泊まれる。ゆっくりとシャワーを使ってお風呂に入れる。
既にコロニーに到着した後の予定をしっかり立てながら、鼻歌すら出てくる。
「それじゃ、俺はここで失礼するとしようか」
ずっと黙ったまま助手席で大人しくしていたアーバインが言った。
「えぇ?一緒に来れば良いじゃないの。お礼に夕食くらい奢るわよ」
一緒にコロニーにくるものと思っていたムンベイは、道案内の礼をしたいと申し出た。
「へえ、まぁ。それは今度にとっておくことにさせてもらうぜ。ちょいと用事もあるんでな」
キャノピーを上げさせてさっさとグスタフを降りる後姿を、彼女は少しだけ残念に思いながら見送る。
「一つだけ忠告しておく。今、あのコロニーは少々やばい連中がいる。くれぐれも荒事に巻き込まれないようにした方が身のためだぜ」
それだけ言い捨てると黒装束の姿は闇に紛れて見えなくなった。
ムンベイは困ったように首を傾げる。
「あいつ、一体何処に行くつもりなんだろう」
アーバインが消えていった先は、グスタフが今来た道だった。
気分を変えてムンベイはフリッジコロニーに向かって走った。
程なく街の灯が近づいてくる。
出会いなんてこんなもんである。
「よぉ、取り込み中かい?」
「アーバイン!?」
ムンベイは声を掛けてきた男を振り返って、嬉しそうに顔を緩めた。
今がどう言う状況下ということを忘れれば、楽しい再会だっただろう。
アーバインは口元だけを緩めて、意地悪く尋ねた。
そのことが彼女に今の状況を思い出させた。
「アーバイン、お願い。助けて」
十数人の男に囲まれて非常にやばい状況だった。
事の起こりは次の仕事の情報を得ようとして寄った酒場に転がっていた。
夜も更けた頃、宿屋に荷物を置いて遅い夕食でもと思っていた。
扉をくぐれば何処の街でも同じ雰囲気を醸し出している酒場の熱気に、少しだけ危険な匂いを感じた。そのときに踵を返していれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
カウンターに座るとマスターが済まなそうに小声で囁いてきた。
「悪いことは言わない、早くここから出ていきなさい。そこからも見えるだろうが、壁際にいる連中はここら辺を荒らしまわっている盗賊団だ」
何気なさを装って振り返ると、確かに人相の悪い集団がたむろしていた。
「かなりやばそうな連中ね」
ムンベイはそう結論付ける。仕方なしに席を立つと既に目をつけられているらしく、彼女の動きに合わせるように連中の注目が集まった。
「こりゃ、完全に目をつけられたようだわ」
早々に立ち去ろうと足を速めるが、もう遅かった。
「ようよう姉ちゃん、何処に行こうってんだい?」
「べつに。あんた達には関係ないでしょう?」
「つれないじゃねぇかよ。俺達と一緒に遊ぼうぜ」
下卑た笑いを漏らす男達の間をすり抜けようとして、その中の一人に腕を捕まれた。
「なんなのよ、離しなさいよ」
「いいじゃねぇか。俺達はあんたと遊びたい気分なんだよ。なんだったら、ここで裸にひん剥いてやっても良いんだぜ」
手首をがっちりと握られて、少々振ったくらいでは男の腕を振り解けそうもなかった。
「離してよ」
男達の間に厭らしい含み笑いが漏れる。ムンベイが必死になって抵抗すればするほど、男達の興をそそるという悪循環。
ムンベイは渾身の力で持って男の股間を蹴り上げた。
ぎゃっと言う声とともに彼女の腕を束縛していた男は、倒れこんだ。
「何しやがるんだ、このアマ」
いたぶられるだけの獲物が、突然反撃してきたことに色めきたつ男達。
「あんたたちがしつこいからでしょう。さっさとどきなさいよ、あんたたち」
「なんだとっ!こっちが遠慮していれば、いい気になりやがって」
「あんたたちの何処が遠慮してるってのよ、笑わせんじゃないわよ」
売り言葉に買い言葉、ムンベイがしまったと思ったときには既に遅かった。
男達の顔つきが変わっていた。今まではただ相手をいたぶり楽しんでいただけだった。だが、今は仲間をやられた怒りと憎悪がムンベイに向けられている。本気を出されれば、相手は男なうえに多勢だ。彼女に敵うわけがない。
ムンベイは逃げ腰になりながら後ろへ下がろうとした。しかし、先ほど急所を蹴られた男が彼女の背後に立っていて、その肩を押さえた。
「げっ」
「よくもやってくれたな、出来なくなったらどうしてくれるんだ、このアマ」
「一生出来なくなりゃよかったのに…」
「なんだとっ!!」
口の中で呟いたつもりが言葉になって出ていたらしい。半ば自棄になりながら、逃げ道を探す。その視界に壁を背にゆったりと寛いでいる黒づくめの男が座っていた。それは確かに先ほど別れたばかりの男だ。
「アーバイン?」
「よっ」
苦笑いしながら手を振る彼はどうも一部始終を見ていた様子だ。
なんでもっと早く声を掛けてくれなかったのよ!と、非難がましい視線を送ると彼は肩を竦めてみせた。
そこで冒頭の言葉に戻るのだ。
「なんだ、貴様は。この女の連れか?」
「ああ?そういうのとはちょっと事情が違うんだが」
恐らく、どう言い繕おうとも男達には関係なかっただろう。ただ彼らは自分達の怒りを静めるために暴力が振るいたいだけだったのだから。
アーバインは軽くため息をついて、ムンベイを睨んだ。無言のまま覚えていろよとばかりの視線だ。
ムンベイは先ほどアーバインがしたように肩を竦めただけだ。
まるで意に介していない様子に、もう一度彼はため息をついた。
「話はついたのかよ、小僧」
男の一人がアーバインに向かって嘲りの意味を込めた言葉を投げつけた。
「ああ?」
彼はプライドの高い男だった。
アーバインは有無を言わせぬ素早さで、相手の顔面にパンチを叩きこんだ。体重の乗った拳に男が吹っ飛ぶ。
「何しやがる」
「それをお前たちが訊くのか?」
仲間を倒されて浮き足立った男達の言葉に、アーバインが凄みを利かせた返答を返す。
彼の痩躯は相手の目を見誤らせがちだが、きちんと鍛えられている。周囲にどう見られようと彼自身はあまり気にしていないが、殊こういった場面で見縊られるのはいかようにも腹の立つものだ。
アーバインの殺気を含んだ視線に当てられたのか、先ほどまでの威勢は消え去り狼狽する男達の様子に、ムンベイは感心していた。
『戦い方ってものを心得てる男だわ、アーバインって』
「何、呆けてんだ?ムンベイ。逃げるぞ」
きちんと退路を確保しつつ殴り合いを続けていたアーバインが声をかけてくる。彼の顔は綺麗なものだ。ほとんど相手の拳を受けていない。
アーバインに腕を引かれて酒場を飛び出す。
彼は足が速かった。
「なによぅ。結局、逃げるわけ?」
走りながら少なからず落胆した問いを投げると、アーバインが振り向きながらこう言った。
「俺はお前の王子様でもなんでもねぇんだよ」
嫌味なほどの皮肉げな笑みにムンベイはかっとなった。
「あったりまえじゃない。あたしの相手はすごいお金持ちの御曹司って決まってるんだから」
「へぇへぇ」
気のない返事を返すアーバインにもう一度何か言ってやろうと口を開いたとき、後ろから銃声が連続して聞こえた。ムンベイの腕をかすった弾道は彼女らの前で爆ぜる。
「あいつら、撃ってきたの?」
「大丈夫か?」
「ええ、掠っただけだから」
「ちっ、本気で来やがったな。それもこれもお前が俺の忠告を聞かないからだぞ」
「だって、こんなことになるなんて思わなかったんだもの」
「これだから女って奴は…」
めんどくせぇと口の中で呟いたアーバインは、闇雲に走るのをやめて夜の闇に紛れるように一つの路地に入った。
「お前、何処に宿を取ったんだ?」
「黄金の旋風亭よ」
「大した物は置いてないんだろう?部屋には」
「一応」
「グスタフは何処に停めてるんだ?」
矢継ぎ早に尋ねられて、ムンベイも彼の言わんとするところを察した。
「ちょ、ちょっと待ってよ、アーバイン。着替えとかも置いてあるのよ。一度くらい戻ったって…」
「奴らの慰み者になりたけりゃ、俺は一向に構わないぜ」
「なりたいわけないでしょう!!」
「じゃ、話は決まりだ。グスタフのところまで走るぞ」
「あーん、お気に入りの服ぅぅぅ」
「喧しいぞ、ムンベイ」
彼女の恨み言に一喝を入れつつ、アーバインは走った。
アーバインが性質が悪いというだけあって、男達は執拗に二人を追い掛け回した。
狩りでも楽しんでいるかのように。
「悪趣味だわ、あいつら。本当に性質が悪い」
ひいひいと肩で息をつきながらムンベイが悪態をつく。
前を走る男はそれに答えなかった。彼には違った見解があったためなのだが、そんなことをここで披露する暇な与えてもらえないだろう。
夜の闇の中で銃声と怒号が響き渡っている。コロニーの人々は関わりにならないように門戸を硬く閉じて部屋で一塊にでもなっているのだろう。
ようやくの事でグスタフのところまで辿りついた二人は早速乗りこんでコロニーを後にした。
「ああ、やっと落ち着けそうね」
「それはどうかな」
「なによぅ、まだ何かあるっての?」
グスタフのレーダーがゾイドの機影を補足したことをアラームで告げた。
「げげっ、この上ゾイドまで持ち出して来るっての?あたしが何をしたっていうのよ」
「逃げるしかないだろうな」
いっそ淡々とした口調でアーバインが言い、それに食って掛かる暇もなく彼女はグスタフを発進させた。
グスタフのキャノピー側面に映し出された相手の機影でゾイドを特定する。
「なかなか良い装備持ってるなぁ、あいつら」
アーバインが感心したように口元を緩ませる。その表情はとても楽しそうだ。
そんな顔を横目で見ながら、ムンベイは彼がゾイド乗りであることを確信する。
『でも、こいつ。初めて会ったときゾイドになんて乗ってなかったじゃない』
「ガイサックにモルガ、ヘルディガンナーも見えるな。その後のでっかい機影はダークホーンか?」
「じょ、冗談でしょう?」
『なんでこんな所にそんな外人部隊みたいのがいるのよ』
ムンベイはパニックを起こしかけている。
「あんなに充実してるならもっと貰ってくればよかったな」
アーバインが嬉しそうに言った言葉に引っ掛かりを感じた。
「あんた、まさか…」
「何か?言いたい事があるならはっきり言いな」
彼にはムンベイが次に言う言葉がはっきり分かっているような素振りだ。
「あいつらが追いかけてるのは、あたしじゃなくて、あんたなわけ?」
「ご名答。やっと分かったのかよ、ムンベイ」
「ああ、なんであたしはこんな厄介者を拾っちゃったのよう」
「ま、これも何かの縁って奴さ」
「楽しそうにしてんじゃないわよ。で、この状況をどうにかしてくれるんでしょうね」
アーバインの暢気な様子に、彼に策有りとみた。
あんたのせいなんだから、当然。と、ムンベイの視線が語っていた。
彼はにやりと自信に満ちた笑みを浮かべる。
その不敵な笑みが頼もしいと思ってしまった自分に、ムンベイは腹を立てた。元凶はこの男なのだから、この状況を打開するのはこの男の役目だ。そんな当たり前のことに期待をするなんて。なんて自分はアマちゃんになってしまったのだろう。
「昨日の棒のところを覚えているか?」
彼の言葉は唐突だ。尋ねられた内容を理解するのに少し掛かった。
アーバインが迂回しろといった棒のことを思い出す。
「ああ、あの棒ね。分かるわよ。軌跡のデータがまだ残っているはずだから」
「そこに行ってくれ」
「あんな何もないところに行ってどうするのよ。相手のいい的になるだけじゃない」
「このまま逃げようったって、あちらさんが許してくれると思うか?」
そう問われれば、ムンベイも答えに窮する。渋々と彼女はアーバインの言うままに、昨日の場所を目指すためメモリーから軌跡のデータを呼び出した。
「本当にこんなところでどうする気よ、アーバイン」
グスタフを停めるように指示してキャノピーを開けさせた彼は、さっさと下りて棒のところに走っていってしまう。その姿が急に歪んで掻き消えてしまう。
ムンベイは自分の目を疑い、手の甲で擦る。しかし、既にアーバインの姿は何処にもない。
追いついてきたゾイド達が一斉にグスタフに向けて発砲して来た。
「本当にどうにかなるの?アーバイン」
慌ててキャノピーを下ろす。グスタフの装甲の厚さは定評がある。多少の砲撃なら防ぎきってみせる。
「アーバイン。まさか、一人で逃げたんじゃないでしょうね」
通信は唐突だった。まさにアーバインの話し方と同様に。
「ばぁか、女一人助けられないで俺が逃げるわけねぇだろうが」
安心したようにムンベイは軽口を叩いた。
「何、気取ってるのよ。何処にいるの?あんた」
「お前の目の前にいるじゃねぇか」
当然のように言われても、辺りには荒れた大地と夜の闇があるのみだ。
敵の集中砲火はより激しくなってきている。
「何処よ、一体」
「目の前だよ。おら、いくぜ」
アーバインの言葉に被るようにゾイドの唸り声がした。
と同時に、何もないように見えたところから眩い光が敵のゾイドに向けて放たれた。
「ま、さ‥か。工学迷彩?」
驚愕して彼の消えた辺りを見つめていたムンベイの目の前で、空間が虹色に歪み、そして元に戻った。
そこには、黒いゾイドの機影がある。夜であるためによく見えないが、コマンドウルフのようだ。しかし、その背にあるのは標準装備である2連ビーム砲ではなく、異様に砲門の長い砲座だった。
「あれって、ZG用に開発されてたロングレンジライフルじゃ…」
彼女は熱に浮かされたように呟く。
大型ゾイドも一発で沈める破壊力を持っている。これを装備しているなら確かにアーバインの自信にも頷ける。
「それにしてもどえらい物を背負ってるわね」
何処から手に入れたものかと舌を巻く。ムンベイが拾ったのはやはりただの野良犬ではなかったようだ。
「にしたって、あんな重装備で機動力が売り物のコマンドウルフの性能を殺してちゃ、ね」
的確に相手のゾイドを狙っているライフルの軌道に、待ち伏せは出来ても格闘戦は無理なのではないかと結論付ける。
相手にはダークホーンが控えているのだ。あのゾイドの装甲の厚さはグスタフに引けを取らない。
「どうする気?アーバイン」
それでも、彼が負けるとは思っていない辺り、会って日が浅い相手にこんな全幅の信頼を置くことになろうとは彼女自身も驚きだ。
コマンドウルフが疾駆する。
その速さは通常機と何ら変わりない。いや、それ以上だ。
「なんて奴なの」
あっという間にダークホーンを沈めて、グスタフのところまで戻ってくる。
「終わったぜ、ムンベイ」
コマンドウルフから降り立ったアーバインを出迎えるために、グスタフのキャノピーを開ける。操縦席から立ち上がったムンベイは両腕を腰において彼を睨んだ。
「あたしは呆れたわよ、全く。寿命が十年は縮んだわね。どう責任をとってくれるつもりなの?アーバイン」
右手で丸を作ったムンベイのジェスチャーに彼はぼりぼりと頭を掻いた。それから渋々といった様子で妥協策を出してくる。
「お前がそんなタマかよ。まあ、あいつらをやった賞金でホテル代を払ってやるんで勘弁してくんねぇか?」
「あいつら賞金首だったの?」
「まぁな」
「ふうん、良いわ。今回のことは貸しってことにしておく。また今度なんかあった時に取り立てることにするわ」
ムンベイの含みをもった言い方に、不審げな視線を投げるアーバイン。
「それよりも、お腹すかない?」
結局晩御飯を食べ損ねたせいで、二人とも空腹だった。
「ご馳走するわ。フリッジコロニーまでの道案内のお礼に」
アーバインはきょとんとムンベイの顔を見た。それから納得したように口端を吊り上げて、仕方ないといった態度を示す。
「それじゃあ、ご馳走になるとするか」
二人の間に持ちつ持たれつ、使い使われる関係がこの時に成立したのかもしれない。