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writer:桜崎 悠さん
category : ZOIDS小説

「宇宙へ行ってみたかったんだ」

何年ぶりかに口にした、幼い頃の夢。
課せられようとしている任務の重さが、珍しく自分にプレッシャーを与えているのをアーバインは感じていた。
横に座る男は、まっすぐ前を向いたままだ。
おそらく、任務のことでも考えているのだろう。
どこまで自分の話を聞いているのか、分かったものではない。
(…くそ真面目なんだからな…)
「ま、いっか」口の中で小さくつぶやくと、アーバインは両腕を頭の後ろで組んで、シートに身を預けた。
「…なら。夢が叶うんだな」
男はこちらを向いて笑って言った。
「聞いてたのか」
「当たり前だ」
少し憮然とした表情で、トーマは答えた。
その様子がまた「くそ真面目」な感じだったので、思わず笑みを禁じ得ない。
「何がおかしい!」
「いや……すまねえ……」
「貴様は……笑い上戸か?!」
ヒルツの乗るデススティンガーはハンマーカイザーに搭載され、宇宙空間へと上昇していった。
圧倒的な強さを誇るそれは、まるで世界に君臨する神であるかのように、人類を上から見下ろし…破滅へと導かんと猛威を振るっていた。
すでに街の一つが、上空からの荷電粒子砲の砲撃により壊滅させられていた。あとかたもなく、一瞬のうちに。
ハーマン少佐の作戦で、ストームソーダーでハンマーカイザーを撃墜することになり…バンとトーマがその任務を命ぜられた。
だが、ヒルツの放った部隊に狙われているのは自分だ、とバンは残存兵力と残ることを決め、アーバインに代わりに宇宙へ行けと言ったのだ。そして…トーマもそれに同意した。
「……全く…俺はGFじゃね-っての」
「往生際の悪い奴だなあ…だいたいストームソーダーに乗ってみたい、と言ったのは貴様だろう」
「ああああ、そうだけどさ。…口は災いのもとだよな」
「行きたくないのか?」
「んなこたあ言ってねえよ」
「じゃあ、何なんだ?」
「…………もういい」
トーマと話していると、どうも調子が狂っていけない。
はあ、と大げさにため息をついた時、2人を乗せた車は基地へと到着した。
宇宙服の装着、宇宙空間での注意事項(…地上とはゾイドひとつ動かすのにも随分勝手が違うことを初めて知った…)、ひとつひとつ予備訓練をこなしてゆく。
トーマは手慣れている様子だ。それを見ていると、なんとなく自分まで落ち着いた気分になってきた。
(ま…何とかなるか)
持ち前のポジティブな姿勢でアーバインは準備を進めていく。
みんなが頑張っている。
見上げたストームソーダーの機体は光を反射して銀白に眩しく輝く。
雲海の上
なにもない真っ青な空
地上から見上げるより
ほんの少し薄い色をしている
遮るもののない
容赦なく照りつける太陽
その光線はまるで差すかのような
思い描いていたイメージは、
上昇のスピードととてつもないGにより、
心にのぼることさえなかった。
気がつくと周りは漆黒の宇宙。
(案外…星って見えないもんなんだな…)
背後の地球の大きさに、その蒼さに口笛をひとつ吹いて。
アーバインはハンマーカイザーを見据えた。
発射したミサイルが空を切る。
磁場を操作して虚空にイメージを作られ、目標を見誤ったのだ。
でも諦めるわけにはいかなかった。
「丸腰じゃないぜ!」
ソードで切り裂くと、ストームソーダーはゆっくりと地上へと落下していった。
任務完了。
隣を飛ぶトーマの機体へ向かって親指を立てて見せた。
見えはしなかったが、あいつもそうしている…ような気がした。
トーマはこの作戦をバンが2人にまかせる、と残ったときにこう言った。
「ゾイドの扱いに関しては…アーバイン、お前が最高の一人であることは疑いの余地がない」
いつものように「くそ真面目」に。まっすぐな瞳で。
ほめられて悪い気はしない。自分はGFではないと今でも思うが…共に闘っている…仲間だ。
(結構ちゃんと見てんだな)
そして。今回も無事に切り抜けることが出来た。
11万メートルの高さから落ちても無傷のデススティンガーは荷電粒子砲を放ち、2体にダメージを与えるといずこかへと去っていった。
「2人ともご苦労さま」フィーネが笑顔で迎えてくれた。
こきこき、と首を回しているとムンベイがやってきて、ぽん、とひとつ肩をたたく。
「あんだ?」
「結構やるじゃん」
「当たり前よ」
「…減らず口もね」
「あとでマッサージしてくれないかぁ?」
「はいはい。ストームソーダーの様子をみてからねー」
「…俺はストームソーダー以下か…」
わざとらしくがっくりと肩を落としてみせると、3人が楽しそうに笑う。
夢が叶った、という感慨は思ったほど感じない。それはデススティンガーを逃してしまったからでもあるが、それだけでもない。
宇宙もいいけど。
俺はやっぱり地面に足が着いている方がいい。
夕焼けに染まる朱い空を見上げて思う。
横で同じようにトーマが空を見上げていた。
「お疲れさん」とねぎらってみる。
「ああ…」
少し厳しいその表情は、やはり任務を完全に遂行できなかったからなのか。
「無事に帰ってこれてよかったな」
「……」
「今度会ったら、倍にして借りを返してやるぜ」
拳で空を殴るまねをする。ふ、とトーマの表情が和らいだ。
「…そうだな……コーヒー…飲むか?」
手に2つ持っていたカップの1つを差し出してきた。
「お前が淹れたのか?」
「ああ」
「……マメだな…」
「何か言ったか?」
「ああ、いや。……もらうよ、サンキュ」
温かい湯気のあがるそれを受け取る。掌に伝わるその熱が、無事に帰ってこれた…という実感を呼び起こした。
目が合って2人は笑った。
いい香りがする。
コーヒーに口を付ける。

……それは。

とんでもない塩味だった……!!
「……かはっ! なんだこりゃ―――――――っっ!!」
「ああっ、それはフィーネさん用だった! あっはっは、すまんすまん……大丈夫か?」
「んなわけねーだろがっ!!! てめえ待ちやがれっ!!!」
追いかけっこを始めた2人を笑いながら見つめるフィーネとムンベイ。
「元気だねえ…」
「ふふ、仲良しなのね」
「………ちょっと違うと思うよ」
戦闘の間の
それはほんのつかの間の穏やかな夕暮れだった。