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writer:菊月めいさん
category : ZOIDS小説

「見ろよシャドー、星だ」

何時からだろうか、こんな風に自分を受け入れてくれるようになったのは。
初めて会った時、彼は一言ゾイドが嫌いだと吐き捨てて去った。
二度目に会った時、彼は自分を殺戮の道具として使った。次の時も、その次の時も。
いつしか行動を共にするようにもなったが、それでも彼は自分のことを道具以上のものとして見ようとはしなかった。
そして言葉通りに自分のことをひどく忌み嫌った。
誰も愛さず、誰からも愛されない彼。
ゾイドが嫌いという言葉の裏に痛いほどの愛情への渇望を隠す彼。
結局、愛情というものを彼に教える人間はあらわれなかった。
だから彼はいつでもゾイドが嫌いだと吐き捨てた。
星を見上げる彼の横で初めてその哀しみに気付いた夜。
自分だけはいつまでも彼の影として、彼の傍から離れずにいようと強く、誓った。
「行くぞ、シャドー。バンにとどめを刺すのは俺たちだ」

―――そう。たとえそれが自分の命を縮めることになったとしても。

衝撃が体を揺さぶり、数多の弾丸が身を穿つ。
「どうしたシャドー、本気を出せ!」
いつになく不利な戦況に、彼の苛立った声が響く。
機体が軋んでいる。ジェノブレイカーの力がどんどん膨れ上がってきているのだ。
鋼の体が焼けるように熱い。限界がすぐそこまでやってきているのがわかる。
遠のいてゆく意識を必死に手繰り寄せながら、シャドーは少し前にもこんなことがあったとぼんやり考えていた。
リーゼ。あの青い髪の少女が青いジェノザウラーに乗って自分達の前に現れた時、自分はこの強大な力に耐えきれず気を失った。
彼女に傷ひとつ付けられないままに。
もしあのときの彼女に殺意があったなら。
それに今再びあのバンという青年に負ければ彼はどうなるか。
三年前のあの日。
ジークとかいう白い相棒を連れた無邪気な少年が自分達を破ったあの日、彼は全てを、ゾイドの殺し方ただひとつを残して全てを見失ってしまった。
彼の目が、心が、自分を映さなくなってしまった日々。
いつのまにか刻まれた両の手のひらの傷痕を繰り返し朱く染める彼と、
雨風から彼をかばい、ゾイドを殺し続ける様をただ見守るしか出来なかった自分。
彼を連れ戻す術を持たない自分が歯痒くて、悔しくて、そして悲しかった。
あんな日々を繰り返したくない。もう繰り返させたくない。
―――だからこそ。
シャドーは全身の力を絞ってジェノブレイカーにしがみついた。
この180秒という限界が彼の最大の弱点になってしまっている以上、絶対に逃げ出すことは許されない。いや、逃げたりなどしない。
自分はあのとき誓ったのだから。
そのとき遠くの方で閃光がひらめいた。
次の瞬間それは凶暴な速度でこちらに向かってくる。
―――荷電、粒子砲……・?
気付いた時には機体は大きく傾いでいた。
「シャドー――――――!!!」
荷電粒子砲をくらったのは三年前と、これで二回目になる。
だが、ほんの少し掠めただけにもかかわらず、あのときとは比較にならない破壊力に体の中が音もなく崩れてゆくのがわかった。
―――今度こそ、もう、駄目…かも、しれない………………・・・・・・・
不思議と苦しみはなかった。
ただ自分の名を呼んでくれる彼が、とても嬉しかった。

「シャドー!!大丈夫か!?」
彼がこちらに駆け寄ってくる。何よりも先に自分のことを案じてくれている。
殺戮の道具としてでなく、忌み嫌うゾイドとしてでもなく、大切な相棒として。
それに応えようと彼のほうに首をもたげるが、何故か体が重く、思うように動かない。
焼ける様に熱かった体が急速にその熱を失ってきている。
「…………シャドー…?」
ジェノブレイカーの力に負けて融合を解いたその先にあるのは彼の敗北だと思った。
敗北の先に待ち受けているのは、あの、悪夢のような日々。
何も映さない彼の目を見るのはもう嫌だった。
治りかけた手のひらの傷痕から、もう血は流させたくなかった。
そして、彼のこの優しさを失うことにはもうきっと耐えられない。
だからこそ燃えない体を焦がし、限界を無視し、ジェノブレイカーにこの身を縛り付けて彼と共に戦ったのだ。
それなのにこの状況はどういうことだろう。
彼の傍を離れなかったのに、どうして彼はこんなに辛そうな顔をしているのだろう。
何があろうと、たとえ忌み嫌われても、
彼の傍を離れるなど、
彼を独りにするなど、
彼を悲しませるなど、決してしないと、あの夜たしかに誓ったのに。
自分は何か間違ったのだろうか。
彼は泣きそうだ。

―――そんな顔しないで。ほら、いつもみたいに。
大丈夫…まだ、負けてない。
ほら。僕・・も、まだ…戦え・………………………………

シャドーの意識はそこで途絶えた。

「…っ…シャドー・…、シャドー……!!」

すっかり冷え切った体に温かな手が触れる。
灰色になってしまった鋼の体に涙が落ちた。
声のかぎりにその名を叫ぶ、黒髪の青年。
だが。その温もりも、涙も、声も、闇に消えた彼の影にはもう届かなかった。
                              
                                End