HOME > ZOIDS > 『幸せ家族計画』

writer:りんさん
category : ZOIDS小説

17時27分、レイヴンあくびをする。
17時36分、レイヴン尻をかく。
18時5分、レイヴン紅茶を飲むが、むせて咳き込みシャドーに背中をさすられる。
18時21分、レイヴンジェノブレイカーの荷電粒子砲で川の水を沸騰させひとっ風呂浴びようとするも 服の脱ぎ方がわからなくなりシャドーに脱がせてもらう。上から85,65,83(目測)。かなり細身。下 は生えそろっている模様。
18時51分、レイヴン川から出てシャドーに
「ねえ、何してるのさ?」
 突然後ろから声をかけられ、ヒルツは驚いて振り返った。
「なんだ、リーゼか。今レイヴン観察日記をつけているんだ。邪魔をしないでくれた…」
「観察日記~!?ヒルツってばレイヴンのストーカーなの?」
「それはおまえだろう。あとシュバルツ大佐もか。私をおまえたちと一緒にしないでくれ。これはあの お方から出された宿題なのだ」
 ヒルツは隠れていた草の茂みから起き上がり、腕を組んでいつものかっこつけポーズを取った。やはりニヒルな悪役はこうでなければならない。できることなら崖の上に立つべきだが。
 しかしいつでもいっしょなリーゼには、ヒルツの渋さがわからないらしい。
 呆れたような眼差しを向けながら、こんなことを言う。
「ヒルツってさあ、時々自分の人生を空しく感じたりしない?」
 ヒルツは面食らった。
「どうしてだ。私は世界征服のために日々働く人生を、この上なく愛しているが」
「どうして世界征服のためにレイヴン観察日記をつけるのさ」
 ヒルツはしばし考えた。言われてみればそうである。世界を征服することとレイヴンを観察することが、どうつながっているのだろう。
 いくら考えてもわからない。ヒルツは苦悩する余り髪を引っ掻き回した。おかげでただでさえ落ち着きのない髪が、マリモのように正体不明になっている。
 リーゼはため息をつきながらヒルツの髪を指で漉いた。彼女は一見怪しいオカマのようだが、一応女の子なのでこういうところは気が付くのである。ヒルツはされるがままになっている。
「ぼくさあ、最近あの方に従っていて将来大丈夫なのかなぁとか考えるんだけど」
「そうなのか?確かにネーミングセンスにはついていけないものを感じるが。ダークカイザーだなんてちょっと趣味が悪いよな」
「趣味が悪いといえばヒルツの腹巻もね」
 ヒルツはリーゼの手を振り払った。
「何を言う、これは腹巻ではない!」
「ああ、包帯か。ケガひどいの?」
「包帯でもないっ!これはお洒落なのだ。
 リーゼはただでさえ陰険な目つきを更に暗くした。
「ぼく、ヒルツにもついていけないかも」
 年下のリーゼに馬鹿にされるのはさすがに癪に障る。ヒルツは懸命に反撃材料を探した。
「リーゼ、俺の服についてどうこう言う前に、おまえの服にポケットをつけろ。入れるところがないからといって何でもかんでも胸にしまうな。ナイフやゾイマグナイトならまだしも、こないだあのお方に頂い たチョコレートをしまって、溶けてベトベトになってただろう」
「それでヒルツが舐めてくれたんだよね」
「しょうがないだろ、もったいないから」
 などという痴話喧嘩が延々と続き、一時間後に本題に戻った。
「ヒルツ、君はこんな所でレイヴン観察日記をつけながらくすぶってるべきじゃないよ。ぼくもいい加減使いっ走りは嫌なんだ。こんなことが世界征服の役に立つとは思えない。そこでだ、今からあのお方に直接抗議しに行かないか?
「おお、労使交渉というやつだな。給料上げてもらうのか?」
「いや、そうじゃなくてもっと有意義な仕事を与えてもらうのさ。折角オーガノイドも持っているのに、ヒルツはマイゾイドも持ってないだろう。あのお方はレイヴンにばかりかっこいいゾイドを与えてさ。ひいきが過ぎるよ。ぼくらももっと目立つ仕事をさせてもらおう」
 ヒルツはそれもそうだとうなずいた。
「そう言えばおまえもジェノザウラーをもらったのに、俺は何ももらっていないな。よし、直接交渉に行こう。そして世界征服のために華々しい任務を与えてもらおう!」
「そうと決まればさあ行こう!」
 リーゼは早速スペキュラーにまたがった。ヒルツもアンビエントに飛び乗る。
 しかし二体が飛び立とうとした瞬間、ヒルツは待ったと叫んだ。
 驚いたリーゼはスペキュラーから転がり落ちる。
「どうしたヒルツ!?」
「うむ、今レイヴンが寝返りを打った。20時5分、と。一応書いておかねばな。それにしてもレイヴン早寝だな」
 リーゼのため息は、真剣にノートを取るヒルツの耳には届かなかった。

 それからしばらく後、ヒルツとリーゼは地下鍾乳洞の中にいた。空気は冷たく湿っている。岩肌から水滴がぽつりと垂れ、ヒルツの髪に落ちた。普通の人間なら、ここで驚いてぎゃあとか叫ぶものだが 毛量の多すぎるヒルツは勿論気づきもしない。
 リーゼは寒そうに腕をさすりながら言った。
「あのお方はどうしてこんな所に住んでるんだろう。湿気が多いと黴が生えるよ。元々脳髄に黴の生えたような方だけどさ」
「地下の湖の近くに第三帝国(仮)を造ったのは、『オペラ座の怪人』を意識してのことらしいぞ」
「なあに、それ」
 リーゼの知らないことを知っている!えばりんぼうのヒルツは嬉しくなって説明した。
「地下に城を造っている怪人が、陰からオペラ歌手の少女を支えて一流のプリマドンナに育て上げる話だ。少女は怪人に恋をするが、怪人は醜い容貌のため少女に素顔をさらすことが出来ず、二人は ついに結ばれることがないという悲恋の物語なのだ」
「ふうん、じゃああのお方ってレイヴンをプリマドンナにするつもりなの?」
「まあゾイドの主役くらいにはするつもりだろうな」
 なんだかやっぱり世界征服とは関係ない気がするな。
 ヒルツは己の内で疑惑が大きくなっていくのを抑えることができなかった。
 そうこうするうちに、二人はダークカイザーの御前に着いていた。
 カイザー様はヒルツが撮ったレイヴン隠し撮り写真集を眺めていたが、二人の姿を認めると慌てて足を組み格好をつけた。
「なんだ、二人して何か用か」
 声にはエコーがかかっている。カイザー様は自分を格好良く見せるためには設備投資を惜しまないのだ。壁にはあちこちにマイクが埋め込まれている。
 リーゼは御前に膝まづいて言った。
「ダークカイザー様、ヒルツが申し上げたいことがあると言っております」
 えっ、私!?
 言い出しっぺはリーゼじゃん!
 一瞬ヒルツの頭は真っ白になったが、ここは勇気を出して言いたいことを言っておくべきだろうと考え、カイザーの方へ一歩進み出た。
「ダークカイザー様、私の仕事のことなのですが」
「ああ、今日の分のレイヴン観察日記の提出に来たのだな。早く見せなさい」
 ヒルツはつい分厚いピンクの日記帳を手渡しそうになったが、横でリーゼが首を振るのを見て思い出した。
「カイザー様、この日記のことなのですが、私はこれを書くのがもう嫌なのです」
「では絵日記にしようか」
 さすがにヒルツも怒りの導火線に火がついた。
「そういうことではありません!私はもっと大きな仕事がしたいのです!レイヴンを観察したり、乳の垂れた大統領を誘拐したり、そんなせこい仕事は辟易しているのです!!どうせならトーマ誘拐の方 が楽しかったのに!いや、そうではなくて、もっと世界征服に直接関係する大仕事をしたいのです」
 地下帝国にカイザーの不思議そうな声が響き渡った。
「誰が世界征服をするなどと言ったのだ」
 その言葉にヒルツは目を丸くした。リーゼはと見ると、やはり驚きを隠せないようだ。
「カイザー様、しかしデスザウラーを復活させたりジェノブレイカーを誕生させたり、帝国共和国を引っ掻き回したりと、そういう悪事が世界征服以外の何のためだとおっしゃるのですか」
 ヒルツの質問に、カイザーは鷹揚にうなずいて見せた。
「うむ、聞いて驚けよ、私の壮大な計画を!何を隠そう、すべては私とレイヴンの幸せな家庭を築くための計画なのだ。私は惑星Ziを我が手にした暁には、それを豪華で優雅なマイホームとしてレイヴ ンに捧げ、家族全員仲良く幸せに暮らすつもりでいるのだ。ああ、家族というのは長男レイヴン、三男ジェノブレイカー、拾われッ子シャドーのことだ。次男デスザウラーは死んでしまった。かわいそうに。バン・フライハイトめ、絶対に赦さん!」
 ヒルツはこれ以上の会話は無駄であるように思えたが、一応尋ねてみた。
「あのう、では我々は一体……」
 カイザーは悪びれる風もなく言い放った。
「おまえたちは下っ端だ。所詮使いっ走りに過ぎない。わたしの計画では捨て駒だぁっ!」
 その瞬間、先程火がついたヒルツの怒りの導火線は終着点に達し、爆発した。

 その晩、シャドーが川を眺めているとどんぶらこっこと大きな包みが流れてきた。何かと思って開けてみると、どこかで見たような触角の生えたおじさんがす巻きにされて気を失っている。
 シャドーはしばらく考えていたが、包みをしっかり縛りなおすと、再び流れに押し出した。変なものを拾うなと、主のレイヴンに言われている。
 包みはどんどん流れていき、やがて濁流に飲み込まれて見えなくなったのだった。